名古屋を走る大通りの一つ、国道19号線から脇へ入った所に、名古屋陶磁器会館は建っています。昭和7年に陶磁器貿易組合の事務所として建設されました。当時に比べると辺りは一変し、まるで時代の忘れ物のように佇む姿は、多くの歴史や出来事、人々の思いが集積されています。
今回のオープンアーキテクチャーでは建物解説に加え、『あいちトリエンナーレ2013』でオペラ『蝶々夫人』の演出を手がけた田尾下哲さんによる朗読劇の公演を2日間行う、スペシャル企画で構成されました。
建物解説は、名古屋陶磁器会館の成り立ちを始め、特徴的な外観や、現在の各階各室の使われ方、また内装の変化について、ガイドの方に語っていただきました。この建物が建つ場所は、かつて陶磁器の絵付けが盛んに行われていました。交通の便も良く、また広い敷地を安く手に入れられたことから、この界隈が陶磁器加工の拠点になったそうです。
名古屋陶磁器会館を彩る外観は、常滑産のスクラッチタイルが特徴的で、参加して下さった方々も、スクラッチタイルを見て感心する人や、質感を肌で感じる人など、それぞれ建物の魅力を楽しんでいる様子が見て取れました。
1階の陶磁器会館事務所が入る室は、普段、陶磁器の展示・販売や絵付けの体験が行われています。そこでは、会館を管理する学芸員の松井三希子さんが、陶磁器にまつわる様々な話をしてくださいました。現在、建築事務所として使われている1階隅の貴賓室も、店子さんのご好意で覗かせて頂くことができました。特に天井仕上げは、どのように施工したんだろうと思うほど美麗で、「この場所で仕事ができる事は誇りになる!」と、素直に羨ましく思いました。
2、3階部分は、主にデザイン系の事務所に貸与され、それぞれが建物を上手に活用しています。ガイドとして、3階で事務所を構えている『Liv工房』の川口亜稀子さんと、『スパイラル建築事務所』のサカキバラケンスケさんにお話をして頂きました。そこでは、戦前に製作され今は使われていないタイルや、特徴的な木の床材の張り方、3階増設部分の構造など、興味深い話を伺いました。3階事務所入口には、少し前に取り壊された『旧名古屋証券ビル』の扉が再利用されており、失われた近代建築の価値を再認識することもできます。参加者は、突然現れる白い扉を前に、この先は違う世界が広がっているんじゃないか、とさえ感じられたかもしれません。事実、3階の空間は、雰囲気が1、2階と一変するので、とても面白い感覚が体験できます。
建物解説終了後、2階のホールで朗読劇が行われました。オペラ演出家の田尾下哲さん直々に選定された会場で、雰囲気、場所の素晴らしさは、言葉では語り尽くせません。空間はヴォイド=虚空でありながら、圧倒されるモノがそこには確かにあり、窓、壁材、天井、照明その他すべてが優美です。
朗読劇『ベアトリーチェ・チェンチ』は、フェルメールの名画のモデルといわれている、同名の少女の肖像画についての物語です。絵画を見るとき、人はその中に1つの世界を想像する、と言われますが、そう考えると、田尾下さんが想像した絵画の世界が、この場に創られていたのかもしれません。
朗読劇が始まりました。
床がきしむ音、服がこすれる音、演者の吐息、匂い、光、音楽、すべてが繊細な色調で絡み合っていました。まさに、ベアトリーチェ・チェンチの肖像画の世界に入ったような、その時代に入り込んでしまったような感覚になりました。田尾下さんの朗読劇は、単に語り手がスポットライトを浴びて読みあげるものではなく、「動き」がありました。それは、単に言葉を連ねるだけでは伝わらない「何か」について、考えるきっかけを与えてくれたように感じました。
劇が終了した後、両日とも拍手が鳴り止みませんでした。参加者の中には涙を流す方もいたほどです。田尾下さんは、朗読劇後にフリートークで「ベアトリーチェ・チェンチの肖像に額をつけたかった。そのためにここで朗読劇をやることを決めました。」と語っています。劇中でベアトリーチェが絵と同じポーズで何分間か動かないシーンがあり、それを見た後に場所の選定理由を耳にして、鳥肌が立ちました。
私は、今回のオープンアーキテクチャーを通して、古い建築が残る意味、つまり今を客観的に見ることと、同時に、当時の世界に入り込み体験することは重要だと思いました。現在と過去を対比することで見えるもの、感じるものが確かにあります。それを今回の企画を通じて、肌で感じることができました。
(オープンアーキテクチャー推進チーム員 村瀬良太 学生ボランティア 松岡弘樹 )