ダンサー、振付家の山田さんは、カンパニー「Co.山田うん」を率いて、日本だけではなく海外でもコンテンポラリーダンスの分野で活躍されています。今回、あいちトリエンナーレ2016のテーマ「虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅」を体現するフィナーレ作品として、新作を創作していただきました。

愛知県奥三河地方で700年以上にわたり継承される芸能神事「花祭」へのオマージュとして新作を制作するため、山田さんはカンパニーのみなさんとは今年の1月にリサーチのために東栄町の古戸（ふっと）地区で行われた花祭を見学し、そこで踊りを教えていただいたそうです。「参加者のみなさんにもぜひ花祭を体感してほしい」という山田さんの思いから、今回のトリエンナーレスクールは、東栄町の古戸花祭保存会の方々にご協力をいただき、山田さんと参加者が一緒に、保存会の方々から花祭の舞を習い体験する、レクチャー&ワークショップとなりました。

古戸地区の花祭の舞は1月2日の18:00から丸一日かけていくつもの演目が行われるのですが、今回のトリエンナーレスクールでは、そこで行われる基本の舞を教えていただきました。また、花祭保存会の方々には、実際の花祭に使用するしめ縄、鬼の面や衣装、切り絵、そして舞うときに身に着けるわらじを用意していただきました。当日は花祭の、実際の会場に少しでも雰囲気が近づくよう、舞を舞う土間の空間を中央に設営しました。

花祭保存会の方々による舞の実演は、迫力満点で、無駄な動きもなくとても美しいものでした。太鼓と笛による音楽と、しめ縄や切り絵といった飾りつけのおかげで、実際に花祭を見ているような気分になります。その後でいよいよ、山田さんと参加者をまじえた舞のワークショップとなりました。実際にその場で舞を教えてもらえることもそうなのですが、わらじを履けるということがみなさん嬉しいようで、交代しながらわらじを履いて、舞のステップを確かめていました。横から見ていると単純な動きの繰り返しで簡単なように見えるのですが、実際にやってみるとかなり難しく、美しく舞えるようになるにはかなりの反復練習が必要だということが分かります。山田さんがすぐに美しく舞えるようになっていたのは、すごいなと思いました。

当日レクチャーをしていただいた花祭保存会代表の佐々木さんによると、古戸の子どもたちは小さな頃から舞を覚えるために厳しい練習を重ねます。上手くいかないこともあり、何度も失敗するそうですが、そうした経験をとおして本番で上手く舞えたときに、その達成感で子どもたちは地域の一員になれたことを自覚するそうです。地域に700年以上根づいてきた伝統の神事をとおして、子どもたちが地域に根づいていく、古戸の花祭保存会の方々はそのことを自覚して厳しい舞の稽古を続けているそうで、だからこそ「舞の古戸」と他地域からも評価されているのだそうです。

山田さんの公演名『いきのね』の「いき」は呼吸の息であり地域の域でもある、そして、「ね」はルーツの根であり音色の音を意味しているとのこと。花祭へのオマージュであるこの作品は、私たちが何百年も前から受け継いで、血や肉となり染みついている伝統や文化を通じて、日本の今を映しだす試みであり、時間と空間のなかでの身体による踊りによって、過去と未来が交錯する「すごく混沌としているが美しい」作品にしたいと山田さんは最後に語りました。山田さんの振付・演出による、Co.山田うんの新作『いきのね』については、こちらをごらんください。

（あいちトリエンナーレ2016アシスタントエデュケーター　霜山博也）

　まず濱さんは、2001年からご自身が関わってきた、山形国際ドキュメンタリー映画祭について紹介されました。山形国際ドキュメンタリー映画祭は、1989年から2年に一度山形市で開催されており、アジアの作家と他地域の作家、そして、作家と観客との交流を重視している映画祭です。若く才能のある作家を育てつつ、アジアでどのように映画を作っていくのかを考えるのがこの映画祭の目的の一つとなっています。2003年の沖縄特集で、濱さんたちは「沖縄に向けられるまなざし」という点から、プログラムをコーディネートされたそうです。
　さらに映画祭で生まれた交流をきっかけに、2011年にキューバ特集を企画されました。2009年に、キューバにプログラムのリサーチに行ったときに、キューバの人々の文化や生き方に触れて、さらにキューバでは膨大な数の映画が製作されていることを知りました。そこから、ともに島であり、占領された過去があるキューバと沖縄の共通点と違いを見れば、沖縄やアジアの島国での映画のあり方をさらに深く考えることができると思われたそうです。
学生時代に文化人類学を学んだことのある濱さんは、文化人類学と映画祭でのコーディネートには共通点があるといいます。文化人類学者は、ある民族の営みについて仮説を作り、現地でその仮説を裏付けるものを調査する、そして、映画祭のコーディネートもプログラムのテーマを決め、現地で作品を探し、制作者たちと話すことで、そのプログラムを具体化していきます。現地へと旅をして、その場で人と触れあうことが共通しているのだそうです。さらに、映画も同じように、カメラをたずさえて表現したいものを求めて旅に出ることで作られてきました。



　濱さんは、キューバとさらにその周辺のラテンアメリカにおける映画製作の現状を、たくさんの画像や動画を見せながら説明してくださいました。会場からも、キューバの人々の生活、社会や政治の現状、映画がどのように見られているか、キューバの人々の明るく陽気な人柄についてなど、さまざまな質問が出ました。わたしたちが漠然とキューバに対して抱いている「地上の楽園」といったイメージとは異なる、厳しい生活や社会の現状を知ることができ、さらにアメリカとの国交が復活したことで、これから大きく変わりゆくキューバという国を考えるよい機会になったと思います。
　レクチャーの後半は、映像プログラムの中から島、アジア、キューバ、人のつながりと場といったテーマに関わる5つの作品を紹介されました。エクスシネマの『都市と都市のあいだで』は、4大陸にわたる20名の国際的な実験映画作家たちによる2～5分の作品をつなげていく、実験的なロードムービーです。キドラット・タヒミックの『バリクバヤン#1』は、旅の半ばで命を落としたマゼランの世界周航を達成したのは、マラッカ出身の奴隷であるという説にインスパイアされたもので、キドラット・タヒミックだけでなくその息子で国際展参加アーティストのカワヤン・デ・ギアも出演しています。こうしたあいちトリエンナーレにおける、人と人とのつながりも面白いですね。
　タイでは初めての女性監督であるピムパカー・トーウィラの『孤島の葬列』は、危険だといわれているタイ南部イスラム地域へ旅する姉弟とその友人がある離島へとたどり着くまでのロードムービーです。濱さんも制作に関わっていた高嶺剛の『変魚路』は、忘れることのできない「島ぷしゅー」という体験を沖縄という土地や人々の身体に刻み込まれた民話や風習を織り交ぜながら描きます。最後のアニエス・ヴァルダの『キューバのみなさん、こんにちは』は、写真家でもあるヴァルダがキューバを訪れた際に撮影したモノクロのスチル写真1,800枚を編集して構成したものです。1963年の作品であり当時のキューバの熱気が伝わってきますが、濱さんが言われるように歴史資料としてだけではなく、これからのキューバについて考えさせられるものです。

　

　あいちトリエンナーレは、映像プログラムが充実しているのが特徴で、今回は過去最多の25作品が上映されます。上映期間の8/19（金）～9/11（日）であれば、国際展の普通チケットで何度でも観ることができます。巨匠から若手まで、時代や国境、ジャンルを越えて、映像によってどういう表現ができるかを追求している作家の作品を、濱さんは越後谷卓司映像プログラムキュレーターとともに選ばれたそうです。アジアからヨーロッパ、南米まで世界各国の映像作品をとおして、映像プログラムが作品を観る人と人との交流を生む場になればいいですね。
（あいちトリエンナーレ2016アシスタントエデュケーター　霜山博也）

まず始めに金井さんから、白川さんの活動について簡単な紹介がありました。白川さんは、群馬県前橋を拠点にして「場をめぐるアート」に取り組んでおられ、美術の作品制作としてだけではなく、たくさんの著書を出され、さまざまな面から表現活動をされている方です。白川さんはまず、「現代芸術は絵画や彫刻だけではなく、さまざまな事柄、言葉、知識と関わる、ジャンルにこだわらない総合芸術である」と前置きし、そうした活動がどうやって始まったのかを、たくさんの画像を見せながらお話しされました。
　スイスとイタリアの国境にあるアスコナという村に、「モンテ・ヴェリタ（真理の山）」という場所があります。ここは風光明媚な土地柄で、現在でもリゾート地として知られています。しかしながら、20世紀の初めのアスコナには、菜食主義と自然主義を理想とするちょっと変わった人たちがいて、そこでほぼ裸で生活しながら、自給自足の共同生活を実践していました。この人たちは、19世紀終わりごろからの急速な近代化に疑問を持ち、都市部の生活とは違った社会や価値、そして生き方を求めて、アスコナにやって来たのです。
　こうした、自給自足の共同生活というと、近代的な生活に疲れた人が集まっただけの、閉鎖的な共同体かなと思ってしまうのですが、そうではありませんでした。モンテ・ヴェリタにあった共同体は、入るのも出るのも自由で、私たちが一度は耳にしたことがある思想家や芸術家たちが、ここに立ち寄っては英気を養い、思索や創作の力にしていたようです。バクーニン、クロポトキン、ユング、D・H・ローレンス、ジェイムズ・ジョイス、マックス・ヴェーバー、ヘルマン・ヘッセ...、こんな有名人たちがモンテ・ヴェリタの共同体に関わっていたなんて驚きですね。



白川さんは、オットー・グロス、グスト・グレーザー、ルドルフ・ラバンという三人の人物を軸にして、モンテ・ヴェリタの共同体がどのような生活をしていたのかを具体的にお話しされました。まず、オットー・グロスは精神科医であり、フロイトの弟子でした。周囲の人たちとの複雑な男女関係にあった彼ですが、抑圧された女性の解放を主張した人でもあり、モンテ・ヴェリタの誰もが思うように生きていくというありかたに影響を与えます。また、彼の論文はシュールレアリズムにも影響を与えました。
　つぎに白川さんが触れられたグスト・グレーザーは、ヨーロッパではマハトマ・ガンジーに対応する人物だと考えられていて、菜食主義者であり、徹底的な平和主義者でした。近代的な合理主義を批判し、太陽の光をいっぱいに浴びて、人間の自然性に立ち返った生き方を説きました。かつてのヒッピーや、現在の環境運動にもつながっていく考え方ですね。最後に、1913年にモダンダンスを創ったルドルフ・ラバンが、弟子を連れてモンテ・ヴェリタにやって来ます。彼らの踊りは、機械的なこりかたまった動きよりも、身振りや身体の傾きによって、自分の肉体における生命的なエネルギーを表現することを試みます。ラバンの創り出したダンスは、ダダイズムに影響を与えました。モンテ・ヴェリタの人たちは、近代化されて自然から切り離されたヨーロッパを嫌い、その遠い起源としての古代ギリシアにあこがれを抱いて真似をして、野外で踊ったり歌ったりすることを好んだそうです。
　モンテ・ヴェリタの共同体は、1920年に解体してしまったそうですが、その後も文化的あるいは知的な交流の場として維持されているそうです。アスコナで行われていたのは、人間の生き方、考え方、価値観を問い直す、文化的な運動であったと、白川さんは最後に強調されました。そして、そのような自由な場だったからこそ、アスコナで起こった出来事は、20世紀の芸術にさまざまな影響を及ぼしたのだと思います。
　質疑応答では、金井さんが講演を受けて、芸術を介したコミュニティのありかたについて意見を述べられました。とくに、白川さんが著作の中でよく言及される贈与の問題をとりあげて、一方向的なサービスよりも、双方向的に助け合うホスピタリティという平等な関係の重要性を強調されました。白川さんは、もちつもたれつ分かち合うこと、それこそがモンテ・ヴェリタの共同体が誰も排除することなく、開かれたものであった秘訣であり、現代の私たちの生活に「本当にそれでいいのか」と問いを投げかけてくるとされました。



今回のトリエンナーレスクールで白川さんがお話しされた内容は、あいちトリエンナーレ2016のテーマである「虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅」と深くかかわるものだったと思います。トリエンナーレの各会場が、モンテ・ヴェリタの共同体のように、さまざまな考え方の人たちが、自由に交流できる新たな場になることを願っています。白川さんは、長者町会場で作品を展示されます。どのような作品になるか今から楽しみですね。
（あいちトリエンナーレ2016アシスタントエデュケーター　霜山博也）

名古屋市科学館のプラネタリウム「ブラザーアース」は、世界一の規模を誇ります。2011年のリニューアルオープンに際し、このプラネタリウムのデザインを活かして宇宙の広さを伝えられたらと、直径40mの球体を太陽に見立てた場合の「地球」を、北側のエントランスに埋め込んだそうです。この地球の直径は37cm。太陽の直径は地球の108倍ですが、体積でその圧倒的な大きさを実感できる仕掛けです。

このスケールを距離で観覧すると、地球は名古屋市科学館から4.3km、南方向ならば熱田神宮あたりにサッカーボールがあるということに。木星は22km、土星は41km、天王星は83km、冥王星は130kmに、そしてボイジャー1号は2016年3月現在で575km、つまり秋田、気仙沼、関門海峡あたりを通過しているということになります。人類は、実際には月の裏側までしか到達していませんが、私たちの「目」はここまで延びていると言えるのです。

人間の目で見えるのは土星までですが、18世紀に望遠鏡の発明により天王星が、19世紀に天文計算によって海王星が、20世紀には写真技術により冥王星が発見され、21世紀になるとより遠く暗い天体を検閲できるようになったことで、太陽系外縁天体約1800個が見つかっています。 2005年には冥王星より大きな天体エリスが見つかり、冥王星が惑星でなくなったことは記憶に新しいところですが、この時、あらためて惑星をどう考えるかが検討され、太陽の周囲を公転し、その重力によって球形が維持できるほど大きく、その軌道から他の天体を一掃していることと定義づけることになりました。

ところでボイジャーは現在、太陽から約200億kmを進行中です。ボイジャーは、世界の言語や自然音、音楽が録音されたゴールデンレコードを搭載しています。それは、4万年後にボイジャーが太陽系から一番近い恒星に近づいた時、我々のメッセージが拾われる可能性を期待してのこと。4万年後、その恒星とボイジャーが接近するタイミングに期待したいところですが、その頃に我々人類の文明が続いているとは限りません。

ここであらためて、星が見えるということについて考えてみましょう。たとえば、8.6光年のシリウスの場合、8年半前に出た光が今夜見えるのです。それは、光の粒が宇宙空間を8年半かけて飛んでくるということで、恒星の内部で起こった核融合反応のエネルギーが光となり、それが宇宙空間を移動し、私たちの網膜に当たり、「見える」わけです。オリオン座のリゲルは863光年ですが、863年前の日本は平安時代。星の光は膨大な時空間を一瞬にして超えさせてくれます。

毛利さんのお話で意外だったのは、2006年1月に打ち上げられた惑星探査機ニューホライズンには、プレイステーションとほぼ同じCPUが搭載されているということです。ロケット開発には最新技術が結集されているイメージがありますが、むしろ安全第一で、設計段階で信頼性が高いものが起用されるのだそうです。多くの家庭にあるプレイステーションが宇宙を飛んでいると思うと、宇宙や惑星探索が一気に身近になってきますね。

後半の港さんとの対談で印象深かったのは、「パワーズ・オブ・テン」のお話です。宇宙のスケールは、10のべき乗で表すのだそうです。名古屋市科学館の天文の展示室も10のべき乗で表されており、ひと回りすると宇宙の果てまで行ける構成となっています。「パワーズ・オブ・テン」は1968年につくられた短編映画で、シカゴの湖畔でピクニックする男性から、10の2乗、10の3乗、10の4乗...と正方形のスクリーンが彼から遠ざかるというものです。この映画は10のマイナス2乗、10のマイナス3乗...と逆に男性の体内へと進み、原子レベルまで行くそうで、当時はコンピュータグラフィックがなかったので、航空写真と手描きのグラフィックを組み合わせて制作されています。名古屋市科学館では、2000年からこの「パワーズ・オブ・テン」の映像を学校から見学に来る名古屋の小学生に見せているとのこと。

会期中にはトリエンナーコラボレーションとして、10月14日（金）・15日（土）の夜に特別投影「宇宙の音、星の音（仮）」行われます。観測衛星が捉えた星が動く音を聞ける実験的なプログラムになるとのこと。科学とアートの融合を楽しめる機会になりそうです。
（あいちトリエンナーレ2016エデュケーター　田中由紀子）

ダンスを習っているという小学生以外、参加者のほとんどが初心者です。まずはウォーミングアップで身体を慣らします。床に仰向けになった体勢から手足を上に向けて伸ばしたり、四つん這いになって右手と左足、左手と右足を水平方向に伸ばしたりと、簡単なストレッチから始めました。簡単だと思っても、いざやってみると意外に難しく、思うように身体が動かない場合も少なくなく、このウォーミングアップをとおして、自分の身体がどう動くか、あるいはいかに動かないかということを実感しました。
　続いては、歩く練習です。中リハーサル室の端から端までをリズムに合わせて両手足を大きく動かしながら歩くのですが、倉知さんと同じ動きをすぐにマスターする人もいれば、何度かやってようやくできる人も。私はもちろん後者で、手足の動きが倉知さんと左右逆になってしまうことも。
今回のワークショップの最終目標は、参加者全員の動きを倉知さんが最終的に作品に仕上げることです。作品の中で全員が同じ動きをする部分については、倉知さんが付けた動きを何度も練習して覚えました。



休憩を兼ねて倉知さんが出演された作品の映像を鑑賞した後は、2人1組になってオリジナルの動きを考えました。この動きが作品を構成するパーツとなるわけですが、最初は小さかった身体の動きが練習を繰り返すうちにどんどん大きくなり、伸びやかに、そして表現豊かに変化していくのには驚かされました。



2人1組で動く部分と全員で同じ動きをする部分、そして全体のフォーメーションを倉知さんが組み立てた後、2つのグループに分かれて通し練習をしました。ここでは、動きが音楽とうまく合わなかったり、次のパートへの移動がうまくいかなかったりする場面も。何回か通し練習をした後、いよいよ本番です。
　本番では、練習の甲斐あってか、自信たっぷりにしなやかに身体を動かす参加者のみなさんの姿が印象的でした。これをビデオ撮影した映像を最後に鑑賞し、自分の動きや全体のまとまりをチェック。参加者全員で一つの作品をつくり上げたという、一体感と達成感を分かち合いました。
参加者からは、「思っていたより動きがハードだったが、全身を動かすことができて、楽しかった」「作品に仕上がるか不安だったが、全員で作品を完成させることができてよかった」という感想が聞かれました。
　今回の身体表現ワークショップは、身体を動かすことの楽しさを予想以上にみなさんに感じていただける機会になりました。これをきっかけに、ダンスなどの身体表現にさらに親しんでいただけたらと思います。
（あいちトリエンナーレ2016エデュケーター 田中由紀子）

岡さんが研究されている現代アラブ文学は、日本ではほとんどの方に馴染みがありません。それは、アラブの文学作品の多くが翻訳されておらず、日本で紹介されていないことにもよります。とはいえ、アラブ世界に対して私たちがイメージを持っていないかといえばそうではなく、「内戦」「テロ」をイメージされる場合が多いのではないでしょうか。

「アラブの春」と呼ばれる民主化革命により、エジプト、チュニジア、リビアの独裁体制が2011年に打倒され、抗議運動が波及したシリアでは内戦となり、各国がシリアへの空爆に参加しました。イラクでは2003年のイラク戦争後も内戦が続いていますが、その前にはアフガニスタンに対する戦争があり、中東地域では21世紀に入ってからずっと戦争が続いています。この一連の戦争により何百万人もの人々が国を追われ、その一部がヨーロッパにも押し寄せている状態です。それがヨーロッパの難民問題となってはじめて、日本でも頻繁に報じられるようになりました。こうした中東の状況を報道により知ってはいても、日本にいる私たちにはイスラム世界という特殊で遠い世界で起きている出来事であり、対岸の火事でさえないことを岡さんは話されました。

こうした状況のなかで、文学の果たす役割とは何なのでしょうか？文学作品により、私たちは他者の生を想像し、追体験することができます。「マスメディアが伝えることは情報でしかなく、そこに生きた人間の姿はない」と岡さんは言います。「人間の感情や共感可能な部分を丹念に描き出すのが文学。人間として他者に出会うために文学は必要」だと。

私たちの多くは、映画や文学を通してアメリカやヨーロッパの世界と出会いますが、中東との出会いは内戦やテロの報道を通してという場合が多く、西欧は文学的な考察の対象となっているのに対し、文学を通してアラブ世界を理解しようとする視点が決定的に欠けているそうです。「そんな状況だからこそ、文学が必要とされている」と言う岡さんですが、現在のシリアやパレスチナなど暴力のただ中にある社会で長編小説を書くことは難しいそうです。なぜなら、長編小説を書くには全体を俯瞰する視点、つまり空間的あるいは時間的な距離が必要であり、戦乱のさなかにいる当事者が客観的にその状況を捉えることはできないからです。

こうした中で書かれた長編小説として、 ラドワー・アシュール著『タントゥーラの女』、エリヤース・ホーリー著『太陽の門』などが紹介されました。なかでも、ジャスミン革命の契機となった、チュニジアの地方都市に暮らす貧しい青年、ムハンマドの焼身自殺を題材に書かれた、ターハル・ベン=ジェルーンによる『火によって』、戦火の祖国を出て、海外で自由に生きたいのに、バクダッドにとどまり家業である遺体洗浄をするしかない青年の姿を描いた、シナン・アントゥーンによる『ただザクロの樹だけが』は、独裁体制に対する怒りや苛立ち、内戦下で生きるしかない者たちの苦悩を感じられる作品なのではと思いました。

後半の対談では、港さんから、中東のアートに話が展開しました。現代美術の中心の一つとなりつつあるベイルートでは、若手作家が自主運営するアートセンターがあり、「ナクバプロジェクト」として、パレスチナの人々が受けた苦難（ナクバ）について第一世代に聞き取りをしたものをデジタルアーカイブとして公開しているというお話が紹介されました。

また、岡さんからは、ガザで流行しているというパルクール（フランス発祥のスポーツで、特別な道具は使わず、人工または自然の障害物を利用しながら、途切れることなく移動することを目的とする）で宙を跳ぶ一瞬をとらえた写真作品が紹介されました。「封鎖の中で生きているけれど、精神の自由は封鎖できない。彼らが跳び続ける姿は、自由と尊厳の象徴にほかならない」と話されたのが印象に残りました。

今回のトリエンナーレにはベイルートを拠点とするゼイネップ・オズがキュレーターとして参加しており、参加アーティストにもベイルートで活動するアーティストが含まれます。岡さんのお話が、少しでも彼らの作品を理解するきっかけになればと思いました。

（あいちトリエンナーレ2016エデュケーター　田中由紀子）

まず拝戸さんより、トリエンナーレも3回目を迎え、県としてのふさわしい規模感と広がりのある展開を目指して、豊橋が会場となったことが話されました。今回のテーマ「虹のキャラヴァンサライ　創造する人間の旅」は、人間がどこでも表現活動をしており、土をとって絵を描くことは先史時代からの人間の基本衝動であることから、土を素材に制作を続ける味岡さんは外せないと、トリエンナーレへの参加をお願いしたそうです。

味岡さんはここ25年ほど土を使って制作されていますが、紙の見本帳用に何か絵柄を送ってほしいとデザイナー仲間から頼まれたのが土との出会いでした。どうしようか考えていたところ、改築中の家の脇に残っていた赤土の山を発見。その土を水で溶いて線を引けば絵になるし、固まったら立体になる。そう思いつき、土で四角や三角を描いたのが、土が身近になった瞬間でした。

土を使った最初の発表は1990年。富士山麓の牧草地の草を刈って側溝を掘り、そこから出た土を粒子の大きさ別に山にして小さな富士山をつくりました。その後の名古屋での発表では、豊橋周辺で採集した土を90×90cmのグリッド状に並べて展示。この時、土に色があることを発見したそうです。また、稲沢市立荻須高徳記念美術館では、美術館の裏庭の土を展示室に並べて地層の変化を見せることによりこの場所の歴史が見えてくるのではと考えて掘っていくと、ヘドロが出てきて撤去騒ぎに。それはゴミ捨て場の跡地に美術館が建てられていたためで、この経験を通して美術は人間の営みや社会を映す鏡であると気づいたそうです。そして、2015年1月の愛知県陶磁美術館の企画展「愛知ノート」では、愛知県の地図に瀬戸、常滑、渥美の古窯など窯業地帯を通る円を設定して12分割し、その場所で最初に見つけた土を採集。その土で絵画と茶碗をつくりました。同じ条件で採集し、同じサイズ、同じ方法で制作することで、その場所の土の特性を際立たせることに成功しました。

ここまでのお話からも分かるとおり、味岡さんは試し掘りをしたり、土を選んだりせず、自らの意志や好みを極力排除し、描いたり焼いたりして、結果的に完成したものを発表するという方法で一貫して制作しています。その理由は、自分が表現したいイメージをもつと自分のイメージを超えるものはできないが、自分という要素を入れなければ本来の土の性質や土地の歴史が見えてくるからです。「素材をそのまま提示しても美しいものができるシステムをつくり上げること、どうしても美しいものしかできない方法論や構造をつくり上げることが現代美術」だと力強く話されました。

絵画は人間が画面の中で行為した結果であると考える味岡さんですが、20代の頃は文字や点で画面を埋め尽くした絵画を描いていました。その時、なぜその文字や色を選んだのか、なぜその"にじみ"や"かすれ"を選んだのかという、選ぶという行為そのものも自身の絵画表現であるけれど、それを続けていくといずれ限界が訪れると考え、絵画から離れることに。長いブランクを経て土と出会った時、土には選ぶ必要がなく、美術にするために作品を制作しなくて済むという結論に至ったといいます。
　
今回、特に印象に残ったのは、「現代美術を続けていて一番怖いのは飽きること」という言葉です。味岡さんによれば、ジャクソン・ポロックやマーク・ロスコがその絶頂期に自殺したのは、同じことを続けることに飽きて自滅したからで、飽きないためにはどうすべきかが美術家にとっての命題だといいます。「ポロックやロスコ後の作家ジャスパー・ジョーンズは、国旗や数字・標的・地図など記号で画面を分割し、その中を塗り込めた。記号は無限だからつきない」。ジャスパー・ジョーンズにとっての記号。それが、味岡さんにとっての土だといえます。土は場所を変えれば別の土があり、選ばなければつねに新たな出会いがあります。重要なのは、土を選ばないこと。「選ぶと自分に都合のいいものを選んでしまい、自分にないものは選ばないので限界がくる。選ばなくても、どんな土でも美しい、いや、僕が描けばどんな土でも美しくなるという信念で制作している」そうです。

最後に、トリエンナーレに向けて「虹のキャラヴァンサライというテーマから、旅をしようと考えている」と語った味岡さん。愛知県の県境の峠、約60か所で土を採集し、その土でキャンバスを塗ろうと考えているとのこと。「険しい峠もあるので、迷わないように地図で採集するポイントをマークしている。『愛知ノート』展では1000kmの移動だったが、今回は壮大な旅になる」という。愛知芸術文化センターの天井高5ｍ、10m x 20mほどのスペースを、県境の峠の土による絵画で埋め尽くす構想だそうです。壮大な旅の全貌が明らかとなる8月が待ち遠しいかぎりです。

（あいちトリエンナーレ2016エデュケーター　田中由紀子）

小林さんはこれまでMakerに関する講演や執筆を多く行ってきましたが、約10年前にコンピュータの中と外をつなぐことを目的に、キーボードやマウスにさまざまなセンサーを付けて新たな体験ができるツールを開発されたことが、この活動に関わるきっかけでした。このツールはメディアアートを制作する人に向けて、NTTインターコミュニケーション・センターで公開されましたが、想定以上にユーザーが増加していきました。またイタリア発のツール、Arduinoが世界中に広まったことを受け、Arduinoを使った新しいものづくりの実践を紹介する『Prototyping Lab』を出版。それに続き、無線でつながり、小型でバッテリー充電できるArduino FIOというツールを開発されました。このArduino FIOは世界中から注目され、SAFE CASTというグループは、東日本大震災後の放射線量を測定するガイガーカウンターに活用しているそうで、小林さんはご自身が制作したツールが想像していなかった場面や用途に活用されていることを、近年実感されているそうです。

現在、小林さんが教鞭を執る情報科学芸術大学院大学 [IAMAS]は、岐阜県大垣市のソフトピアジャパンというエリアにありますが、ここでもMini Maker Faireが2014年に開催され、約100団体が出展、約1000人が来場しました。出展ブースで「なぜ、わざわざこんな物をつくっているのか？」と話されるほど、ガラクタのような物もあるものの、「ガラクタであることが重要」と小林さんは言います。たとえば、スマートフォンの構造をほとんどの人がわかっていませんが、手を動かして内部をいじってみるとどうなっているかわかってきます。そういう感覚をもってテクノロジーに接していることが大切なのだそうです。

Makerムーブメントの牽引者であるクリス・アンダーソンは、著書『Makers Movement』の中で「デジタルファブリケーションを活用することで、アメリカのような労働単価が高い先進国でも再び製造が可能になる」「ハードウェアのスタートアップが次々と生まれ産業を変質させていく」「もしこうしたことか起きれば、第３の産業革命になる」と書いています。たとえば、何かを成型する場合、金型製作に高額なお金が必要ですが、つくればつくるほど単価は安くなるというのが大量生産の常識です。しかし3Dプリンタを使用すれば、1個でも100個でも単価はさほど変わりません。3Dプリンタで安価に1点ずつ違う仕様でつくることが当たり前にできるという選択肢が加わることで、規格を標準化して大量生産するという従来のやり方を破壊するのではなく、多様性や柔軟性が広がっていくと強調されました。

こうした動向の成功事例として、2013年に製品化された「Pebble Watch」が挙げられます。制作者はオランダに留学中、自転車に乗りながらスマートフォンをチェックする人が多いことに気づき、腕時計型にしたら便利ではと思いついたそうです。そこで、電子回路に既製品の部品をつなぎ、このアイデアが実現可能であると確認した後、設計しなおして改良を重ね、クラウドファウンディングで7万人以上から約8億円の支援を集めて製品化を実現させました。日本ではまだ多くはないものの、大垣市の地場産業を掛け合わせて新たな製品やサービスを生み出そうという小林さんの提案に賛同したIT企業の開発者やデザイナー、メーカーによって開発された「光枡」や、岐阜県羽島市の織物メーカーとのコラボレーションとして、廃棄処分される残糸や糸巻きから家具や雑貨をアップサイクルするブランド「Mikketa」は、その成功事例といえるでしょう。コンピュータでデザインし、3Dプリンタを活用することで、形や大きさが異なるものを1点からでも効率的に製品化するこうした取り組みは、Maker ムーブメントの中で培われてきたさまざまなツールやシステム、考え方が融合することにより、近年ようやく可能になってきたといえます。

こうした中、製造物のデータを公開するオープンソースという考え方も広がっています。有名電機メーカー出身の技術者によるexiiiという電動義手を開発するグループは、子どもの体の成長や色や形など使用者のカスタマイズに対応しつつ、機械さえあればその場で製造できるよう、家庭用３Dプリンタでも出力可能なように製品データをオープンソース化し、また状況に合わせて改変できるようにしているという話もされました。それにより南半球の人が彼らの製品を現地で出力して組み立てるなど、さまざまなフィードバックが得られる半面、製造元責任をどこまでとするかという問題も生まれてきているそうです。

Makerムーブメントとアートとの関わりについては、宮城県を拠点に活動する造形作家、土岐謙次さんの制作方法が紹介されました。伝統的な乾漆技法で器などを制作されている土岐さんですが、コンピュータで設計し、作品を構成するパーツの一つ一つをレーザーカッターで切り出しており、伝統工芸のジャンルも設計や制作方法を変えることで新たな可能性が広がることを体現されているそうです。

お話の中で特に印象に残ったのは「テクノロジーは限られた人のものではない」という小林さんの言葉です。「アートはテクノロジーやビジネスに近づくべきではない」と言う人もいるそうですが、油絵や日本画もそれらが発明された当時は最新のテクノロジーだったはずだと小林さんは言います。テクノロジー対アートではなく、これまで個人ではできなかったことができるようになってきたことで、新たな芸術表現の可能性が広がると小林さんがおっしゃるように、テクノロジーの活用によってどんなことが可能になるかを知ることで、アートの表現が豊かになっていくことが期待できます。そして、物の完成度が高くなるにしたがって手元から離れ、製品といえば工場で大量生産された物というこれまでの常識が、Makerムーブメントの展開によって問い返されているというお話は、あいちのものづくりを見直す上で重要な視点であるとあらためて感じました。
（あいちトリエンナーレ2016エデュケーター　田中由紀子）

今回は小学生から60代までの9名が参加。第9回トリエンナーレスクール「Maker×Art makerムーブメントが広げるアートの可能性」に参加して興味を持たれた方や、創造的ものづくりプロジェクト「LOCUS FABERツクロッカ」で定期的に開催されているワークショップのリピーターもいらっしゃいました。

オリエンテーションの後、今回、使用するギアを使ったさまざまな駆動機構についてのレクチャーがありました。ルーローの三角形やクランク機構など、動いている箇所は1つでも、そこに複数のギアやクランクが組み合わさると複雑な動きを繰り出す仕組みに、参加者は興味津々。こうした機構が用いられたアートとして、キネティック・アート（自然力や動力、人力などによって動くアート）のアーティスト、テオヤンセンが生み出したテオヤンセン機構による作品や、あいちトリエンナーレ2010参加アーティストの梅田哲也さん、札幌国際芸術祭やヨコハマトリエンナーレ2014の参加アーティスト、毛利悠子さんの作品が紹介されました。

今回はギアの速度が違う２つのグループに分かれて、各自で組み立てます。細かな部品の扱いや説明書を見ながらの作業に慣れない方もいらっしゃいましたが、グループで教え合いながら約30分で完成させました。ここでは、ツクロッカのリピーターの小学生が、苦戦する大人をサポートしてくれました。

次に、完成したギアボックスを使って簡単なクランク機構を作ってみました。ギアボックスにMDF板のパーツを取り付けていくのですが、これがなかなか難しく、手こずる方が続出。でもこれは、作品制作に向けてクランク機構を作る練習なので、完成しなくても気にすることはありません。

休憩をはさんで、いよいよ作品制作が始まりました。各自が制作したギアの速度がバラバラになるように3名ずつのグループに分かれ、3つのギアを使ってグループで1作品を制作します。目標は「連動させる」こと。3つのギアを連動させ、お互いが干渉し合うことで一つの作品にしなければなりません。スポンジや歯ブラシ、クリップ、洗濯バサミなど、会場に用意された材料の中から何を選ぶかも問題です。メンバーでアイデアを出し合ってから制作されるグループが多いかと思いきや、各グループともまずは各自でそれぞれ制作し、それを連動させるという作戦で、材料を付けたり外したり替えたりと、手を動かしながら試行錯誤を繰り返す姿が見られました。

約45分のグループワークの後に行われた中間発表では、進捗状況と完成イメージをプレゼンテーション。ここで河村さんからもらったアドバイスや、ほかのグループの作品から得たアイデアやヒントをもとに、残り30分で作品をブラッシュアップさせていきます。

そしていよいよ最終発表。「作品名」「注目のポイント」を押さえながら、作品を動かしてプレゼンテーションを行いました。「遊園地」は、黄色いポンポンや回る紙皿の動きがダイナミックな作品。「鳴り物入りでがんばるビー玉　うまく入らなくてもだいじょうぶ　おそうじ機能付き」は、紙皿と目玉クリップを美容ローラーのパーツがたたくというもので、その動きと音が楽器のようでユニーク。パイプ管に縦一列に取り付けられた「スイチョク」は、1台がビー玉の入った皿を引き上げてひっくり返し、磁石が付いた別の1台が磁力でゼムクリップの山を引き上げると、それらは鎖状になっており、先端がもう1台につながっているという作品でした。この「スイチョク」はアートラボあいち大津橋2階多目的スペースにそのまま展示してあるので、ぜひ探してみてください。

作品「遊園地」

作品「鳴り物入りでがんばるビー玉　うまく入らなくてもだいじょうぶ　おそうじ機能付き」

作品「スイチョク」

4時間にわたるワークショップを終え、参加者からは「みなさんからのアドバイスがすごくてびっくり」「普段、触れない工具や機械に触れたのが楽しかった」という感想が寄せられました。また、「ツクロッカのワークショップにも参加したい」と興味を持ってくださった方もいらっしゃったようです。

今回のトリエンナーレスクール＋は、ありあわせの材料で物を作る「ブリコラージュ」と、アイデアを発信し、共有しながら新たな考えや価値を生み出そうとする「オープンクリエイション」を体感していただこうというものでした。それが現在のものづくりの動向であり、アートにも応用されていくと考えられるからです。「連動させる」というテーマは簡単ではなかったようですが、参加者のみなさんが楽しみながら取り組めたことがなによりの収穫であったと思います。
（あいちトリエンナーレ2016エデュケーター　田中由紀子）

最初に以下の5つのテーマを上げてもらいました。
1．洞窟壁画はどのような美術なのか：ラスコー洞窟壁画
2．後期旧石器時代とはどのような時代だったのか：生活、文化、社会
3．ヒト特有の社会文化とは何か：類人猿、ネアンダールタール人、ホモサピエンスの違い
4．社会ネットワークの存在：グループのテリトリーと交流
5．洞窟壁画はどのように解釈されてきたのか

洞窟壁画はヨーロッパを中心に300ヶ所もあり、その多くがスペインとフランスに集中しています。ラスコーの壁画は、フランスのボルドーあたりにあって1940年に発見されたそうです。なだらかな丘の上に入り口があり、上から下へと奥に進んでいけるようになっています。全長約250mで気温は13度、湿度はほぼ100％を年中保っているとのことです。内部は入り口から7つの場所に区分けされており、1．牡牛の広間 2．軸状ギャラリー 3．通路 4．後陣 5．井戸状の空間 6．身廊 7．ネコ科の部屋と呼ばれているそうです。

まずは、牡牛の広間から紹介していただきました。牡牛の広間は、約25mに渡って牛やウマ、シカなどの動物が描かれています。牛は、当時生息していたオーロックス（1627年に絶滅）を描いており実際は3mほどの全長だったそうですがここでは4m〜5.5mものサイズで描かれています。実物大よりも大きく描くことで、牛の雄々しさが表現されているように感じます。また、馬の表現では走っている様子がよく分かり、シカに関してもその繊細さを感じ取ることができます。1つの空間の中で、動物の行動やその見た目をきちんと理解し描き分けをしていることがこの壁画から見て取れます。

次の空間、軸状ギャラリーは、先ほどの空間よりも天井が高くなっており、天井を見上げると左右に巨大な牛や馬が描かれています。馬の表現をじっくり観察すると、背中の線は筆を使って描き、からだの部分は口に顔料を含んで吹き付ける技法を使って彩色し、おなかの部分は壁の白を残し余白をうまく利用して表現していることがわかります。また、たてがみはふさ状のものでスタンプのようにして押し付けながら色をのせているそうです。反対の壁には牛が描かれ、頭の輪郭がはっきりしているところをみると、おそらく草や動物の皮等を型取り、それを壁にあててその上から顔料を吹き付けて描いているのではないかとのこと。旧石器時代には既に、こんなにも種類に富んだ表現技法を使い分けていることに驚きます。

続いて井戸状の空間。先ほどの空間よりも5mほど下がっている場所で、洞窟内で唯一人間の姿が描かれる場所です。2本足で立つ人間のそばには、槍や腸が飛び出たような牛の姿も描かれています。この場所からは、手持ちのランプも発見されているそうです。上に戻り、後陣という場所を抜けると、身廊という場所になります。ここは、壁の質が最初の2部屋と異なっており、壁に合わせて描き方にも変化がみられます。これまでは、全体に色をのせるようにして表現していましたが、ここでは色だけでなく壁を引っ掻いて輪郭線も描いているそうです。このあたりから、動物の他に矢印のような記号や多く描かれようになってきます。最後のネコ科の部屋では、正面からみた馬やネコ科の動物たち、そして矢印をみることができるのですが、そのほとんどが線刻によって表現されているとのことでした。

さて、ではこのような壁画を残した旧石器時代の人々はどのような暮らしをしていたのでしょうか。当時は、狩猟採集で生活が成り立っており、動物が衣食住の基本だったそうです。毛皮が服になり、その肉を食べ、皮をテントに利用し、骨を狩猟道具や生活用具などに利用していました。グループを作って移動しながら生活をしていたのこと。また、発掘された様々な道具をみていくと装飾が施されていることがわかります。さらに、動物の歯や貝殻を利用した装身具も多く発見されています。貝殻でできた装身具などは、主に海辺で生活する集落から発見されるものですが、海が近くにない集落からも発見されているところをみると、グループ間で交流があったことが伺えます。そのようなものから、旧石器時代から既に社会的な共存の術をもっていたのではないかということも推測することができるとのことです。

洞窟壁画を考える時に、それが人類の美術表現の最初だと思われがちですが、たまたま洞窟という保存状態のよい場所に描かれたがために残っているだけであり、砂や木の樹皮などに描いていたかもしれない。しかしそれらは残らないため、いつ美術が生まれたのかといった問いがあったとしても、明らかになることはないだろうとのことです。ただ、人間がいつ表現するという能力が備わったのかということを進化の過程から知ることができます。

まずは、動物と人間の創造性の違いを比較してもらいました。チンパンジーも絵具を使って絵を描いたり、形を認識して作業したりできますが、意図的に描くことや自ら形を作りだすことはできません。また、道具を利用する文化も持ち合わせていますが、人間のように道具をつくり出すために別の道具を使うといった二次的な道具の利用はできないそうです。人間は、必要な物を作るまでの作業をイメージすることが可能なため、より複雑な社会形成が可能とのことでした。

では、もう少し進んでネアンデルタール人との違いはどこにあるのでしょうか。およそ30万年前から数万年前まで生きていたとされるネアンデルタール人は、石器などを使っていたことはわかっていますが、槍を遠くに投げるなどの技術はもっておらず、かなり腕力も強かったため握った槍で動物を倒していたという説もあるそうです。動物の皮をなめすのも道具ではなく自分の歯を利用していたそうで、ホモサピエンスに比べるとかなりワイルドな印象です。また、死者を埋葬する文化はもっていたようですが副葬品を入れていたという記録はないとのことでした。ホモサピエンスに関しては、多様な石器を駆使していることや、装飾品、副葬品なども発見されており、動物の皮をなめす際も専用の道具を使っていたことがわかっています。脳のサイズで比較すると、ネアンデルタール人の方が大きいのですが、前頭葉の発達はホモサピエンスの方が進んでいたそうです。さらに、ネアンデルタール人による明らかな美術作品は残っていないそうです。その点からも、ホモサピエンスがいかにクリエイティブな能力を持っていたのかがわかります。ホモサピエンスは、道具をうまく利用しながらグループを形成し、縄張りを作って生活していたそうで、さらに移動を続けることによって、世界中に分布していったとのことでした。

洞窟の中に描かれる記号は、どのような意味があるのでしょうか。洞窟に描かれる記号の多くは、クラヴィフォルム（棍棒型）と呼ばれます。スペインからピレネーの方にある洞窟に多くみられ、同じ形の記号が描かれていることから、そこにいた人たちのテリトリーの広さを知ることができるそうです。また、テクティフォルム（屋根型）という五角形の形をした記号が存在し、これらはラスコーの近くで多く発見されているようです。描かれる記号から、その壁画を描いたと人々のテリトリーの範囲を知ることができました。

ラスコーの壁画で使用された顔料を調べると、20km〜何100kmも離れた場所にある材料を使っていることがわかります。また、ランプを作り多くの人々が制作にかかわっていることを考えると、大変な労力がかかっていることがわかります。そこで、改めて洞窟全体の造りと描かれる象徴を俯瞰してみてみたところ、ある仮説をたてることができたとのこと。

入り口の躍動感溢れる動物たちから生を、奥に入るにつれて動物たちの死を考えることができることから、入り口付近では生命に関する儀式が執り行われていたのではないかというものです。

平面に描かれたものがなんであるのかを人だけが認識することができます。そんな創造性を持った我々の祖先は、積極的に美術を用いて社会の結束を図っていたと考えることができ、美術と社会が密接に繋がって互いに相乗的に発展していったのではないかということでした。

あいちトリエンナーレ2016のテーマ「創造する人間の旅」の出発点について、洞窟壁画から迫ることができるレクチャーだったと思います。我々の祖先がこんなにもクリエイティブな活動をしていることを改めて知ることができました。

（あいちトリエンナーレ2016コーディネーター 近藤令子）

あいちトリエンナーレ2016のテーマカラー、イエローオーカーは黄土の色ですが、陶磁美術館のある瀬戸市南山口町がまだ山口村だった頃の特産品が、なんと黄土だったそうです。瀬戸は白い土が豊富な土地で、白い土が産出される地域は世界でもそう多くはないそうですが、そんな瀬戸にあって山口町が黄土の産地だったというのは、トリエンナーレと陶磁美術館との不思議な縁を感じないではいられません。

オリエンテーションの後、土の採取をするために、貸切バスで15分ほど移動。車中でも佐藤さんから、陶磁美術館がある場所もかつてやきものづくりが行われており、建設時に鎌倉時代くらいの窯跡がたくさん発掘されたことが話されました。敷地内の植栽の周囲に見られる小石は、このあたりに川が流れていた証拠で、瀬戸の粘土層はその30～50m下にあるそうです。それらは1000万年前に堆積したもので、その頃、このあたりは窪地で、川の流れで砕かれた花崗岩が運ばれて堆積し、粘土になったのだとか。人類の祖先の出現が750万年前とされていることを考えると、瀬戸の土の歴史の壮大さに驚かされます。

さて、私たちが到着したのは、佐藤さんの息子さんが小学生の頃に発見した場所。「土がポコポコしていておもしろいから」と佐藤さんに教えてくれたそうです。そのポコポコこそが、瀬戸では鬼板と呼ばれるイエローオーカーの塊。名前の由来には「鬼の金棒のようだから」「鬼瓦に似ているから」と諸説あるようです。この鬼板は、砂や小石が溜まった砂礫層から沈んだ鉄分がその下の粘土層には沈まずに、2つの層の中間で固まり、その後、砂礫層が流されて表出したもの。なぜ丸いポコポコとした形状なのかは、佐藤さんにも謎とのことでした。

そんなお話をお聞きしながら、ビニール袋と竹のスコップを手に、参加者のみなさんは鬼板の採取に熱中。少し掘ると色みが違う鬼板が出てきたり、鉄分が酸化して赤くなったレッドオーカーの鬼板を発見したりと、時間が経つのを忘れて土の採取に没頭しました。

午後からは陶芸館で作業です。絵具づくりに先立って、陶芸館指導員の長岡さんから鬼板がやきものにはどのように使われているかをお聞きしました。やきものの材料として、鬼板には①絵具として絵付けに使う、②粘土に混ぜて使う、③釉薬に混ぜて使うという用途があるそうです。絵具として使ったものは鉄絵と呼ばれ、焼くと黄色い絵具の鉄分が酸化して黒く変化するそうです。また、焼くと真っ白になる瀬戸の粘土に混ぜたり、釉薬に混ぜて使用すると、鉄分により土や釉薬の発色が変わり、表現に幅が生まれるのだとか。

さて、いよいよ絵具づくりです。採取した鬼板を乳鉢に入れて砕き、すり潰していきます。程よく粉状になったら木工用ボンドを加え、描きやすい柔らかさに水でのばしていきます。鬼板をすり潰す作業に無言で没頭される参加者が多く、みなさんの集中力に圧倒されました。できあがった絵具を10cm角の紙に塗り、色見本のように並べてみると、イエローオーカーやレッドオーカーにもさまざまな色があることや、粒子の細かさでざらざらしていたりなめらかだったり、紫がかったレッドオーカーやまさかのピンクや黒の絵具ができたりと、予想外の発見がありました。

絵画製作では、自分でつくった絵具のほかに、グループで絵具を分けあって自由に描きました。絵具の色みの違いで表現した動物や風景をはじめ、絵具の粒子のブツブツした質感を活かした抽象画など、さまざまな作品が生まれました。

参加者からは、「土から絵具がつくれてびっくり。絵を描いたら、土のいろいろな表情が出てとてもおもしろかったです」「土の採取から描くところまでできて楽しかったです。愛知がこんなに土に恵まれた土地だとは知りませんでした」という声が寄せられました。

今回のトリエンナーレスクール＋は、洞窟壁画にも使われている人類最古の色の一つであるイエローオーカーの絵具を土からつくって描くことを通して、あいちトリエンナーレ2016のテーマ「虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅」に込められた、人間のものづくりへの思いを体感いただこうとするものでした。1000万年前に堆積した粘土でやきものづくりを行ってきた瀬戸の地でこのワークショップが行われたことで、瀬戸のやきものの歴史そのものが「創造する人間の旅」であったことが、参加者のみなさんに伝わったのではないでしょうか。
（あいちトリエンナーレ2016エデュケーター　田中由紀子）

当日、豊橋駅周辺ではコスプレのイベントがあったようでかなりの人でにぎわっていましたが、駅前を抜けてときわ通りアーケード街に入ると、ゆったりとした時間が流れていました。そんな中、さっそく参加者のみんながあるものを発見します。

以前は、ゲームセンターだったと思われる建物の地下へと続くエスカレーター。よくみると、エスカレーターの動く部分にプラスチックのタイルが貼られ、階段のようになっています。さっそく、まちの中からおもしろい場所を発見。参加者同士なぜこのように設えたのかという疑問をぶつけ合います。答えが出るわけではありませんが、フィールドワークの視点を共有できたように感じました。

岡本さんを先頭に、ずんずんとまちなかを進んで行きます。参加者それぞれが、自分の気になったモノを撮影したり、メモを撮ったりしていました。途中、まちの定食屋さんを発見。お昼前の時間帯でみんな吸い寄せられるように店先に集まります。ショーケースを眺めながら、豊橋のごはんについても話が広がります。

参加者のみなさんは、まちを歩くに連れてどんどん気になる所が増えていくようでした。おもしろい看板、街路樹の下にある不思議なもの、なぜそこにあるのかわからない陶器などなど。中には、気になった店舗にお邪魔してそこの店主に直接話を聞く強者（つわもの）までおり、思い思いにフィールドワークを楽しんでいきました。

ときわ通りアーケード街を抜け、小さな公園を横切り、大きな国道沿いを歩いて、花園商店街を見つけ、距離にして約2.5kmを1時間半ぐらいかけて廻っていきました。

昼食をとって、午後からはフィールドカードの作成を実施しました。フィールドカードは、１件につき１枚のカードを作成し、そこに必要な項目は、①対象物の名前②発見した日付③採取した場所④採取者氏名⑤写真もしくはスケッチ図、以上５点が必要です。その他、対象物のサイズや重さなども書き込むこともあるそうですが書けないものもあるので、それはその事物によって書き分けるとのことです。

今回フィールドカードを制作するのに用意した材料は、厚紙、スティックのり、セメダインです。スティックのりやセメダインは写真を貼付けるために用意したのですが、岡本さんいわくスティックのりは2年で剥がれてしまうとのこと。支持体となる紙との関係もあるようですが、20年30年保管しようと思うのなら、セメダインがよいそうです。また、インクで書いた文字なども時間の経過によって消えてしまうので、ボールペンまたは鉛筆がよいだろうとのことです。何十年とフィールドカードを制作している岡本さんだからわかることだなと思いました。

また、同じものをたくさん集めることでいろんなことが見えてくることも教えてもらいました。1枚につき1件のカードを作るのは、その後分類していく時に便利だからとのこと。例えば、看板が気になった場合、同じような看板を集めていきます。1枚2枚ではその違いがわからないけれども、たくさん集めていけば、その看板の特徴や違いがわかってくるそうです。これを同種収集と呼ぶとのことで、いわゆるコレクションであり、まちの博物学につながっていくでしょう。100枚ほど同種収集することでコレクションが出来あがり、それがまとまれば地域の違いや時間的な変化を知ることができるそうです。さらに3,000枚収集すればその世界の通（ツウ）になれるかもしれません。

ということで、未来のコレクションになるかもしれないフィールドカードを制作していきました。岡本さんに写真を見せながら相談したり、写真ではなく色鉛筆を使って絵にしたりと様々なカードが制作されていきます。出来上がったフィールドカードは、ホワイトボードへ掲示して、一つ一つ岡本さんに講評してもらいました。どれもおもしろい視点でまちを観察しており、たくさんのフィールドカードが出来上がりました。

カードは、1人につき1枚から3枚程度制作されました。

△このカードを作った方は、お店の中まで話を聞きにいった強者さんのカードです。ここで紹介されていたのは、長年この場所で位牌に文字を刻んでいること。昔は彫刻刀で彫っていたが、戦後に機械を導入して、今は、孫も女の子ばかりで跡継ぎがいないということまでわかりました。

△こちらは、まちの中のパブリックアートを発見しているカードです。パブリックアートといっても、行政やまちの人たちが何かの記念に設置しているものではなく、だれかが置き忘れた、もしくは故意に置いていったモノたちに注目しています。ここを通り過ぎるだけでは、誰かがゴミを放置していったのだろうとしか思いませんが、考現学の視点でみるとおもしろいものに見えてきます。1年後、3年後にどうなっているのか気になります。

それぞれのカードを見ていくと、同じような道を歩いてきたのにも関わらず、自分では気がつかなかったものがあったり、気づいていたけれどそこからさらに深く観察している人がいたりと、ただ一緒にまち歩きをするだけでなく、発見したことをカードに落とし込み、さらに会話をすることで色々な発見ができたように思います。今回制作したカードを100枚続けるのか3,000枚までやるのかは参加者それぞれだと思いますが、フィールドワークで得たまちを見る視点が、いろんなことに繋がっていくと楽しいだろうなと思いました。
（あいちトリエンナーレ2016 コーディネーター 近藤令子）

まずは、各ゲストの方からそれぞれの活動についてプレゼンテーションしていただきました。一人目は、フランスのサンテティエンヌ市からお越しいただいた、ジョジアンヌ・フランさんです。サンテティエンヌ市は、デザインビエンナーレを長年開催しており、街をあげてビエンナーレを盛り上げている都市です。

サンテティエンヌ市は、約50万人の人々が生活し、19世紀から産業が盛んで、そのどれもがデザインと縁のあるものばかりだということです。歴史的、地域的にもデザインが身近にあることがうかがえます。1998年に最初の国際的なデザインビエンナーレを開催、それとともにデザインの学校が立ち上がります。これによって、都市のイメージが大きく変わりフランスにおけるデザインの首都として認識されるようになったとのことです。

2005年には、サンテティエンヌ市と広域地域、また政府が主導となってデザインに関する様々な活動のプラットフォームとなるデザインセンターを設立します。ここでは、ライフスタイルの提案や人間中心のデザインという概念を広めていき、ユーザー指向の高いデザインを普及していくことを目指したとのことです。

2010年のユネスコ創造都市ネットワークへの加盟をきっかけに、デザインを道具にして経済や社会や文化を発展させていくための戦略がセンター及び市や広域地域、また政府が一緒になって考えられました。その活動を進めるにあたって、新たにデザインマネージャーというポジションも発足したとのことでした。

2年に一度開催されるデザインビエンナーレは、世界中からクリエイターや企業、デザイン学校、編集者、ジャーナリストなど様々な組織や人々が集まってくる国際的なイベントです。そこでは、展示会やセミナー、会議などが開かれ、デザインを作る人同士や、デザインを受ける側の人々との出会いの場となっているそうです。今年の3月に開催された第9回目のビエンナーレでは、市内全体で95の会場を設け、約1ヶ月間の会期中、20万8千人もの方が来場したとのことです。

また、ビエンナーレ開催以外にも、都市への働きかけとしてパブリックスペースに家具の試作品を展示公開し、WEBサイト上でコンペするプロジェクトを実施したり、ラボスペースを設置して国内外の企業に場を提供し試作品をユーザーに試してもらったり、子ども向けのプログラムを開催したりと様々な活動を続けているそうです。このようなイベントを実施していく事で都市がデザインの力によって魅力的になっていくとのことでした。

続いては、カナダのモントリオール市からお越しいただいたラクロワさんからのプレゼンテーションです。モントリオールは、現在デザインを主体に国際舞台へと進出しつつある都市です。なぜデザインなのかというと、デザインやデザイナーというのは文化や経済に対してダイナミックな展開をもたらしてくれると信じているからだとのこと。

モントリオール市は、元々デザインコミュニティーが多く存在し、また有名な教育機関や国際デザイン組織が存在しているところで、そのためクリエイティブなデザインや建築が街に溢れており、市民にとってデザインがかなり身近なものとなっているそうです。1991年には、デザインコミッショナーという役職が設けられ、デザイナーに街の文化や経済に関与するように働きかけてきたとのこと。

その後、デザインによって都市を変化させるアクションプランが2006年に始動したそうです。そのプランは、基本的に8名の専門家によるチームが中心となって、デザインの力によって生活の質をあげること、デザインマーケットを開拓すること、モントリオール市を拠点としているデザイナーの活動を支援することなどをコンセプトに活動を続けてきているとのことです。

数あるプランのうち2つに絞ってご紹介いただきました。1つはデザインと建築によるコンペティションです。600万ドルを投資して進めてきたこのプロジェクトは、図書館やバス停、スポーツ施設、プラネタリウム、リサイクル容器など、建築物から生活用品まで、我々の生活に関わるものが対象になっています。このプロジェクトを続けてきたことで、モントリオール市全体にデザイン性の高いものが溢れていき人々の生活の質が向上することに繋がっていったとのことでした。

もう1つはCommerce Design Projectです。1995年から2005年まで開催されたこの活動は、市内にあるレストランやショップのプロモーションをするというものです。ショップやレストランは、街の中心部にあり、そのデザイン性が高いほど都市としてのデザイン性が高いと言えます。地域住民だけでなく観光で訪れる人にとっても、そのデザインによって都市の印象が大きく変わります。まずはショップのオーナーにデザインに投資することの重要性を説明しプロモーションへの参加を促します。そしてデザイン的に優れた内装や商品開発等をしてもらい、プロモーションを実施してもらいます。その活動に対して賞を設けることで、デザインがビジネスに対して非常に重要なカギである事を印象つけていったとのことです。

最後は、あいちトリエンナーレ2016で公式デザイナーを務める永原さんによるプレゼンです。永原さんからは、「デザインでインタラクションを起こす」という切り口でお話いただきました。

インタラクションとは、相互作用を指します。2005年に開催された愛知万博では、会場と参加者、イベントと観客、観客と社会などインタラクティブな活動を、長久手と瀬戸にあるパビリオン「日本館」とインターネット上にあるWEBサイトパビリオンである「サイバー日本館」で実施したそうです。WEB上の日本館と現実世界の日本館を繋ぐシステム「どこでも日本館」をご紹介いただきました。システムを簡単にご紹介すると、

1. WEBサイトで日本館の会員になり、サイト内でゲームに参加
   ゲームに参加することで、知らず知らずに日本館のこと、エコロジーのこと、自然環境について学習している
2. 会場で貸し出されているスマートフォン型の端末に自分の情報を登録
   （サイト情報を同期）
   事前に集めたポイントで地球のカケラというアイテムに変換
3. 帰宅後、地球のカケラを使ってまたサイト内で遊ぶことができる

このシステムは、単に会場内で完結するのではなく、会場に行く前から始まって、さらに会場を出て帰宅するところまで考えられたデザインとなっています。「準備→開始→体験→帰宅→終了」という一連の流れで、そのどれもが欠かす事ができないものだとのことでした。会場に行く前から体験が始まって、実体験を通して活動を深め、終了時に何を得て参加者が帰るのか。始まりから終わるところまでデザインすることを常に考えてプランニングしたとのことでした。

最後にあいちトリエンナーレ2016のメインヴィジュアルについてもお話いただきました。来年の8月に開幕するトリエンナーレのデザインプランニングは既に始まっており、このトリエンナーレに関しても始まりから終わりまでを考えたデザインをこれから考えていくとお話されていました。今回のメインヴィジュアルは、自動で形がランダムに変化する特性を持っています。トリエンナーレのWEBサイトにアクセスしていただいているので、既にご覧いただいていると思いますが、トップページを更新する度にバーが動き毎回異なる角度や高さになっています。これは、コンピューターが自動的に形をつくっており、その変化の仕組みそのものをデザインしたとのことです。テーマである「虹のキャラヴァンサライ」から、動的なダイナミックなイメージ、旅、キャラヴァンする様子などをイメージしてデザインされたとのことでした。

あいちトリエンナーレ開幕まで約１年、これから永原さんがどんなデザインをしてくれるのか、どんな終わりが待っているのか、とても楽しみになるお話でした。

サンテティエンヌ市での活動は、デザインを積極的に利用し、街にデザインとの出会いの場を設けていくこと通して、日常的にデザインに触れる機会をつくることで都市が変わっていくことを知り、またモントリオールは、いかにデザインがビジネスに有効なのかを都市も人も知ることで、デザインの重要性を普及させ、魅力的な都市づくりにデザインが欠かせないということを考えさせられました。さらに、永原さんからはプロジェクトを推進するにあたって、始まりから終わりまでをデザインすることの重要さとインタラクティブなデザインの提案をお聞きすることができました。それぞれアプローチの仕方は違いますが、デザインの持つ可能性の大きさを感じることができるスクールだったと思います。

（あいちトリエンナーレ2016コーディネーター 近藤令子）

まずは、このMACの活動から紹介いただきました。地域に対して何か働きかけをしようと始まった活動ではなく、最初はアーティストたちが集まり、おいしい料理とお酒を楽しみながら様々な話しをし、いろんな人たちと交流をしていたとのことです。ある日、家の横を流れる川に川床を作っていつものように集まっていたら、近所の子どもが好奇心からやってきます。それがきっかけとなって、その家族や友人など次々と地域の人が集まってきたそうです。その後、地域の子どもたちに向けて夏休みの工作を手伝うような取り組みとして「MAC工作教室」を開いたとのこと。そこでは、アーティストが先生となって学校や家では作れないようなものを作って、最後はスイカを食べて終わるといった活動をしていたそうです。

地域との繋がりが強くなっていく中、MACには育児中のお母さんたちが集まってきます。彼女たちのバックグラウンドは様々で、教員やDJ、テレビディレクターなどいろんな能力をもった方々がおり、高いポテンシャルをもっていたとのこと。メンバーの一人は、YCAMとのコラボによって大活躍することになります。そうした確固たる関係性ができた上で、アートの話をしていったとのことです。
このMACでの活動は、学校でも、家でも、YCAMでもできないことができる場です。おもしろいこと、楽しい事を追求していくような活動を通して、アートを知ったり、アーティストと出会ったり、今まで知らなかったことを発見していくことができる場なのではないかと思いました。このMACという活動ですが、だれでも立ち上げることができる仕組みになっているようです。
詳しくは、こちら（http://maemachiartcenter.tumblr.com）にアクセスしてください。

続いてYCAMでの活動をご紹介いただきました。開館したばかりの施設であること、会田さん自身も初めて教育普及に取り組むということで、自由に発想できる分どのように進めていくかを悩み、YCAMで行われるエデュケーションの活動が、作家の支援を目的とするのか、鑑賞者の支援を目的とするのかどちらを重視するべきかを考えたそうです。
その頃、ヨーロッパ各地を巡り、エデュケーションにとって必要な事は何かとインタビューする機会があったそうです。そこでスペインのあるエデュケーターから「ミュージアムエデュケーションに最も大切なことは、オーディエンスの頭を活性化しておくこと」という答えが返ってきたとのこと。アクティブな鑑賞者、そして厳しい目を持った鑑賞者がいれば良い作品が生まれるはずという考えから、よい鑑賞者を育てることを目的とした取り組みを実施していくことになったとのことでした。
作品の解説だけをすればよい鑑賞者は育つのでしょうか。「よく分からない作品を解説するという態度では、作家の表現力が足りない、また鑑賞者の能力が低いという事を暗に示すことになる」のではないかと、そんなネガティブな姿勢で教育普及をとらえるのはおかしいのではと感じたと言います。もちろん、作家やキュレーターから作品についての解説をすることは必要ですが、それだけでなく、鑑賞者自身が、作品を自分なりの解釈で楽しむ事ができるようになっていくことが大切でなないかとのことです。完成した作品や展覧会の後をフォローするのではなく、作家とは異なる視点でアプローチしてみることもまた重要なのではないかとのことでした。
Corpor in Si(gh)te (2007) doubleNegatives Archtectureという展覧会では、パスタ建築というワークショップを開催したそうです。このプログラムでは、作品の解説を直接的に行うプログラムではなく、その作品の技術的背景やメカニズムをモデル化して体験してもらうワークショップを実施したとのこと。そうすることで、作品の構造を知り、自分の体験と比較して鑑賞することができたり、また、同様のメカニズムやアイデアをもった作品を鑑賞する際にも同じワークショップを実施する事ができるとのことです。

鑑賞プログラムとは別に実施されていた「コロガル公園」についても紹介いただきました。コロガル公園とは、室内に設置された公園型の体験できるインスタレーション作品で、床面は山があったり谷があったりと不定形な形で組まれ、内部には音響や照明などのメディアテクノロジーを駆使した仕掛けが組み込まれており、従来の公園でできる遊び以外にもメディアを利用した新しい遊びができる作品です。この作品は、1回だけの展示で終わることなく、改訂を重ねながら進化していった活動とのこと。初回は、YCAMの施設内での展示、翌年はコロガルパビリオンという名前の仮設建築として屋外で実施されます。この時には、子どもたちによる署名運動によって設置期間が延長されたそうです。また、2014年には山口を飛び出して札幌国際芸術祭の作品として展示され活躍の場を県外へと広げています。改訂を重ねて実施していくことで、作品の技術的な進化はもちろんのこと、その意味合いや内容も変化していったとのことです。

その他、アーカイヴの重要性もお話いただきました。各プログラムでまとめられたアーカイヴ資料には、基本的な情報だけでなく、スタッフが話す内容まで全てが掲載されており、読むだけで疑似体験できるような内容となっています。そうすることで、参考にしやすかったり、問題点が見えてきたりするのではないかなと思いました。

最後に、教育普及についてのまとめとして5つのことを紹介していただきました。
・新しいことをやってもいい
・作家とキチンと向き合って対峙する
・よい鑑賞者こそ宝
・最終的なゴールは消えてなくなること
・「業界の論理」を正しく疑う
最終的なゴールは消えてなくなること、とは会田さんの目指すよい鑑賞者（脳が常に活性化している鑑賞者）が増えていけば、その人たちを育てることを目的としている自分たちは必要なくなる。そんな未来にしていければと思っているとのことでした。
今回のお話を聞いて、エデュケーションプログラムの重要性を改めて感じたと同時に、オルタナティブな場でしか創造できない何かを知る事ができました。自分でも何か始められるかもしれないという気持ちを持てたのと同時に、一人の良い目をもった、脳が活性化している鑑賞者になっていきたいと思いました。

今回の資料は、上記のアドレスからも閲覧可能です。
（あいちトリエンナーレ2016コーディネーター近藤令子）

日常にありふれた事物、テレビのニュースにも新聞の記事にもならない事や物を取り上げることが考現学の1つの視点だそうです。まずは、日常的なモノとアートがどのように繋がっているのかを紹介していただきました。
瀬戸物を例にすると、日本では大正期に機械化が進み焼物の多くは粗雑な大量生産されていました。その中で、無名な職人の手仕事によって制作された焼物（本業釜）に良さをみつけ評価するようになります。これがいわゆる民芸運動と呼ばれる活動です。そこからは、日常にありふれたモノをある視点でもって見返すと、新たな評価軸を構築できるということがわかります。アートについてもある視点をもてば、日常の中からみつけることができるということではないでしょうか。
また、日用品がアートへと変わる例として、マルセル・デュシャンが1917年ニューヨークで開催された展覧会に男性用便器を出品したことが紹介されました。
ここで展覧会に出されたモノは、もともとは「小便器」という呼び名が付き、その用途にしたがった使用をされていましたが、美術館に出された際にはその名前がなくなり、さらに別の表題「泉」がつけられています。
身近なモノの名前を取り去り、ただのモノ（無名のモノ）とした上で、別の名前をつけ展示することでアート作品へと意味の転化させたデュシャンの活動からも、日常の事物にアートが潜んでいることを改めて考えることになりました。

日常にアートが潜んでいることがわかったところで、考現学では外せない路上観察についてお話いただきました。
街を観察する視点として有名なのは赤瀬川原平の路上観察学「トマソン」という取り組みです。この取り組みは、いわゆる「見立て」という1つの視点を持って路上を観察する行為です。日本の歴史の中で見立ては俳句など古くから存在するものでしたが、それを一般的にした活動がこの路上観察なのではないかということです。
しかし、トマソン探しのように単に一つの視点（トマソン）から何かを探し出しておもしろがるだけでは考現学とは言えないそうです。考現学とは、生活の中にある不自由を発見する取り組みとのこと。考現学と言う学問の紹介として、今和次郎による活動を紹介していただきました。
今和次郎はある日、よく行く食堂の茶碗が欠けていることに気がつきます。使われている茶碗がどれも欠けているので、それを一つ一つ観察し、その欠け方を調べたそうです。そこから見えたのは、硬質陶器を使用していたこと、数年前に起った関東大震災で多くのものが割れ、数が足りないために欠けても使っていたという事実が見えてきたそうです。そして、その欠け方が考古学で出土される茶碗と同じ手法に気がつき、現代であっても、考古学的な見方ができることを発見するのです。そこから、生活を改善するための観察として、生活学としても成立し生活学会などが発足したとのことです。考現学とは、もともと考古学をもじって作られた造語ですが、考古学のように調査した事物からその生活や様式を知る事ができ、さらにはそこから生活をよくするための改善策も考えることができる取り組みであるということがわかりました。
ちなみに岡本さんと考現学の出逢いは、名古屋新聞（現中日新聞）で編集をしていた亀山巌さんが考現学をやっており、その方と出会ったことがきっかけで、考現学を志すことになったそうです。

考現学の起源がわかったところで、その方法を次に紹介いただきました。考現学には欠かせない、フィールドカードの作り方です。フィールドカードは、１件につき１枚のカードを作成し、そこに必要な項目は、①対象物の名前②発見した日付③採取した場所④記入者氏名⑤写真もしくは絵、以上５点が必要とのことです。その他、対象物のサイズや重さなども書き込むこともあるそうですが書けないものもあるので、それはその事物によって書き分けるとのことです。１件につき1枚のカードとするのは、その後の分類をしやすくするためとのこと。

考現学での採集の仕方はいくつかあり、同じ対象を集めていく同種採集、その地域を一つの視点でみていく地域分布、そして同じ地点から物事を観察する定点観察などがあるそうです。
日本の食卓を同種採集の観点でみた資料を例にみてみると、日本人の使う食器の種類の多さに驚かされます。さらに見ていくと、和風と洋風が混在していることやラーメンどんぶりなど用途が限られた食器があることがみえてきます。飲み物を入れる器であっても、湯のみとコーヒーカップでは、中に入れるものが異なります。湯のみでコーヒーを飲むのは想像しただけでも違和感を覚えます。このような日本人の感覚を「日本文化の雑種性（加藤周一）」と言えるとのこと。
この同種採集は、身近なものですぐやることができます。例えば、自分の鞄の中身を全部広げてみる。その中から必要なもの、必要でないもの、どうでもいいものなどに体系化して見ていくと自分の美意識がよく見えてくるそうです。友達の鞄の中を見せてもらい、自分の鞄と比較してもよいかと思います。また家の中なら、ぬいぐるみや時計などでも同様に取り組むことが可能とのことでした。

また、一方、地域分布によって見えてくるものもあるそうです。街の看板を例にすると、その街にどのような看板が分布されているのかで、街の有り様がわかりますし、その地域の原風景を形作っていたことがわかります。なんでもない看板なのですが、それがなんでもなくなるという現象が起きてくるとのことでした。ある地域を限定して1つの事柄について観察・調査していくことで、気になる事例が見つかり、その部分を抽出してテーマを決めていくことでさらなる調査を続けていくことができるそうです。

そして、定点観察では、続けることで天気予報のように次の予測ができるようになるとのことです。その暮らしの有り様が継続して観察することで見えてきます。ある事物を決めて、同じ視点から継続的にみていくことが重要です。例えば、ゴミを掃除する人々を定点観察したものを見ていくと、ゴミの処理の仕方が時代によって変化していったことがわかります。また、街をきれいにする人々の様子からは、きれいになる街と引き換えにゴミがどこかに溜まっていくことも想像することができます。継続して観察をしていくことで、現代の暮らしの有り様がわかるとのことでした。

会場からの質問では、自分で考現学に挑戦する際にどのようにテーマ設定をすれば良いかという問いがありました。岡本さんは、この質問に対してテーマはあらかじめ決めるものではないと答えていました。考現学を進めるに当たって、テーマを事前に設定するとそのテーマに合わせた答えしかとらなくなってしまう危険があるそうです。そうではなく、一つの事物を観察していき、その中で気になるものを見つけ体系化していったり気になった事物についてより詳しく調査したりすることが大切だとのことでした。

考現学の視点は、すぐに身に付くものではないですが、その観察力と発見力は現代アートを鑑賞する上でとても参考になるなと思いました。今後の鑑賞にフィールドカードを活用してみるとおもしろい発見があるのではないでしょうか。ぜひ、取り組んでみたいと思うお話でした。

（あいちトリエンナーレ2016コーディネーター　近藤令子）

そんなブラジルに魅了され、定住し、創作活動していった芸術家たちを紹介していただきました。
　まずは、スイス出身の詩人であり旅人でもあったブレーズ・サンドラール（Blaise Cendrars）です。
彼は、1924年にブラジルへ行き数ヶ月間滞在しています。船でバイーアに上陸後、リオ、サンパウロと移動し、それぞれの滞在地でステキな詩を残していきました。彼の活動は、現地のモダニスト作家・芸術家に多大な影響を与えたそうです。いくつか紹介していただいた詩の中から、１つここでも紹介したいと思います。

「リオ・デ・ジャネイロ」
眩い光が大気をひたしている
あまりに鮮やかな色をして　あまりに流動的なので
その光が触れるものは
薔薇色の岩々も
その上にそびえる白い灯台も
海岸の信号機のサインも　溶け出してしまったみたいだ
さていまやぼくはこのすばらしい湾をとりまく　山々の名前を知っているのだから
横たわる巨人［Gigante adormecido］よ
メインマストの帆［Gávea］よ
オウムの嘴［Bico de Papagaio］よ
曲った背中［Corcovado］よ
ジャン・ド・レリーの船員たちが　バター壷と呼んだ砂糖パン［Pão de açucar］よ
パイプオルガン山脈［Serra dos Órgãos］の奇怪な尖峰たちよ
みなさん　こんにちは

ここで読まれる詩で登場している「横たわる巨人［Gigante adormecido］」などの名は、みなリオにそびえる岩山の名前だそうです。リオは、海と岩山に囲まれた土地だそうで、奇岩怪石に囲まれた、世界的にも類をみない都市とのこと。山の上には、貧民層が生活するファヴェーラと呼ばれるスラム街が存在しています。この詩はリオの景観をただ楽しんでいるだけでなく、ブラジルの黒人たちの生活の厳しさ、不平等さを知った上で生み出されており、そんな山々に対してサンドラールはあいさつをしています。

△写真中央、遠くに見えるのが［Pão de açucar］です。

次に紹介いただいたのは、フランス出身のクロード・レヴィ＝ストロース（Claude Lévi-Strauss）です。彼は、消滅しかけたインディオを調査して書いた『悲しき熱帯』の著書で知られる民族学者です。1935年にサンパウロ大学の教授としてブラジルに赴任し、ブラジル奥地に住む原住民の調査をしていました。著作『サンパウロのサウダージ』では「街は巨大な無秩序そのものであり、そこには植民地時代の教会や公共施設、みすぼらしい田舎家、十九世紀の建造物や現代的なビルといったものがあきらかな混沌状態のまま雑然と並んでいたからである。新しいビルのなかでもとりわけ迫力のある建物は、革新的といえるほどに流行を先取りしていた。」とあるように、急速に発展して行くサンパウロの様子がはっきりと書かれており、ブラジルの混沌とした空気が伝わってきます。文章に合わせて何枚かレヴィ＝ストロースが撮影した写真を紹介いただいたのですが、市電が走る道に数頭の牛が闊歩している写真からも、過去と現在が入り交じる不思議な魅力を感じることができました。

続いてはレクチャーの冒頭に紹介してもらった民族学者であり写真家でもあるピエール・ヴェルジェ（Pierre Verger）です。彼は生地フランスを若いときに離れ、世界中を撮影しながら旅し、ブラジル北東部バイーアの黒人憑霊宗教カンドンブレと出会ってこの地に定住することになります。アジア、ポリネシア、アフリカ、南米、日本にも訪れていたヴェルジェですが、バイーアの黒人文化の豊かさに魅了され、それを学び、ついにカンドンブレの司祭にまで上り詰めています。西アフリカとブラジルの奴隷を巡る関係を、民族学的にも、また映像的にも研究していたとのことです。

次は、アメリカの女性詩人エリザベス・ビショップ（Elizabeth Bishop）です。生まれてすぐ父親が亡くなり、母親が精神を病んでしまい、孤児となった経験から故郷を喪失してしまったという想いがずっとつきまとっていたそうです。放浪するようにヨーロッパ、キーウェスト、メキシコと流れ1951年にブラジルへ漂着したとのこと。現地の詩人たちともゆるやかに交流をしながら、自身も数々の佳篇を残しています。また、当時のブラジルの詩を翻訳してアメリカに紹介する役割も担っていたそうです。「ファヴェーラの子どもたち」(Elizabeth Bishop "Squatter's Children". Questions of Travel, 1965)という詩では、ブラジルに対しての愛情と理解が感じられる詩となっているという今福さんの言葉通り、家の外で遊ぶ庶民の子どもたちの様子やそこに溢れる音や匂いが生き生きと伝わってきて、ファヴェーラの人々の生活を身近に感じることができました。

続いては、アメリカの映画監督・俳優のオーソン・ウェルズ。彼は、アメリカの善隣外交の一環として、国策映画を撮影するためにブラジルへと向かいました。しかしその使命から外れて、ブラジル国家に反旗を翻した漁民たちの大航海を英雄的な叙事詩として撮影。ブラジルやアメリカのスポンサーの反感を買って、映画撮影は中止となり、この時撮影されていた「すべて真実」と題される予定だった作品は未完に終わったそうです。現在はその存在が認められてドキュメンタリー作品として観ることができるようになっているとのことでした。
　ウェルズとブラジルの気質が共鳴し、ブラジルという土地や人々が持っているエネルギーに感化され、国策を無視してまでブラジルの民衆の尊厳にみちた現状を残し伝えようとしたウェルズは、ブラジル人から「ブラジル人」と呼ばれるような、例外的な友情関係を築いたとのことです。

その次は、今回紹介していただいた中で唯一ブラジル出身の写真家セバスチャン・サルガドです。学生時代にヨーロッパに亡命し、エコノミストとして仕事をする中でアフリカに出会います。このアフリカとの出会いが写真家になるきっかけになったとのこと。アジア・アフリカ・ラテンアメリカなど発展途上国を中心に、貧困や難民、飢餓、肉体労働の現場、内戦など世界の中でも最も過酷で厳しい地域へ入り込み作品を残しています。彼の撮影する写真は、単なる報道写真ではなくその背景にある社会や文化を内包しており、またそれを伝えるために写真一枚一枚に長い解説がついているとのことでした。
　あるとき彼は、ルワンダ内戦のようなあまりに過酷な現実を目の当たりにすることで、人間に希望を持てなくなり、写真家をやめて故郷であるブラジルに帰ることにします。雄大な自然が迎えてくれると思いきや、都市化によって故郷の土地は荒れ果て、ここでも絶望を感じてしまいます。ところが夫人の「木を植えましょう」の一言で国をも巻き込んだ緑化プロジェクトへと発展し、15年後見事に大自然が蘇ります。自然の再生が可能なこと、そして人間もやり直せることを体感したサルガドは、再びカメラを手に写真家として復活を果たしたとのことです。その時に制作されたのが『Genesis : 創世』という写真集となりました。また、彼の人生と作品を映画監督ヴィム・ヴェンダーズがドキュメンタリー映画「salt of the earth」（2014）として紹介しており、日本でも近々公開されるのではないかとおっしゃっていました。

最後は、カレン・テイ・ヤマシタさんです。ヤマシタさんは、アメリカ・カリフォルニア生まれの日系３世で、24才の時にブラジルへと渡りました。民族学研究として、ブラジルに住む日系人に聞き取り調査をしていたところ、同じ出来事を語っていても聞く人によって内容が全く異なっている、それぞれのもつストーリーが違うことに気づきました。そこで一貫した「研究」として体系化できないと感じ、いくつもの違った声をそのままに描き出す「小説」としてまとめることにしたそうです。アメリカの日系人がブラジルの日系人に興味を持つことがあまりなかったらしく、またそれぞれが繋がることもなかったそうで、この二つを繋げる活動を初めて試みたのがヤマシタさんだったとのことでした。

カブラルによるブラジル発見以後、訪れた数多くの旅人たちが魅了されたのは、ブラジルの全てを包み込む懐の深さと広さ、過去と現在が入り乱れる風景や街並み、多様な人種と文化、といった様々なものが混ざり合い、大きなエネルギーを放出しているところなのではないかと思いました。

そして、ここから港監督との対談がはじまりました。今福さんと港監督が始めて出会ったのは、1988年に発行した『ブラジル宣言』（弘文堂）という本がきっかけだったそうです。まさに、ブラジルからスタートしているのです。

お二人の対談の中で、興味深かったのは「ブラジル」というものが名詞（国名や国籍など）としてのものだけでなく、そこにある生き方や空気、人生みたいなものを表している。そういった響きをもっているのではないかというお話でした。いろんな人がブラジルに出逢い、ブラジルに何かを与え、そこから学び、共鳴していく、そして混ざり合ってまたなにか新しいものを生み出していく。そんな力が魅力となって溢れているのではないかと感じました。また、「サウダージ」Saudadeという言葉も印象的でした。日本語で郷愁、失ったものに対する懐かしさという意味合いがありますが、もっと深く複雑な感情のようです。このサウダージという感覚をブラジルの人々はとても大切にしており、定期的にサウダージが感じられないことにサウダージを感じる方もいらっしゃるとのことでした。
　たくさんのブラジルの魅力に出逢うことができ、また旅の面白さも知ることができました。2016年夏に開幕するトリエンナーレ「虹のキャラヴァンサライ」では、どんな旅ができるのでしょう。そして、旅先ではどんな出逢いや創造が生まれるのでしょうか。今日の話を聞いて、より楽しみになったレクチャーでした。

（あいちトリエンナーレ2016コーディネーター　近藤令子）

今回のレクチャーでは、まず高橋さんが現在のお仕事に就かれるまでのきっかけからお話いただきました。
　高橋さんは、大学卒業後劇団員として安部公房スタジオに入団します。その後スタジオを退団されて、まだ次の所属先が決まっていなかった時に、先輩から「池袋に洋書を取り扱う書店をオープンさせる予定がある。3ヶ月で潰れてしまうかもしれないが、一緒にやってくれないか」と声をかけられました。この洋書店が誕生するきっかけは、高橋さんを誘ったこの先輩が、セゾングループの堤清二さんから、会食の席で「海外の美術館には必ずミュージアムショップがある。君が作ってはどうか。」と言われたことだったようです。
　こうして、おそらく日本で最初に本格的な形で現代アートを扱った美術館「西武美術館」が池袋にオープンするのに合わせて、やはり日本では最初の本格的なミュージアムショップとなる「アール・ヴィヴァン（ART VIVANT）」が美術館に隣接してオープンします。アール・ヴィヴァンという店名はフランス語で「新鮮な芸術」という意味で、フランスで発行されている雑誌名に由来するとのこと。このミュージアムショップの立ち上げには、高橋さんの他にも数名のスタッフがいたそうですが、アーティスト1名を除いた他は皆アートに関しては素人だったということです。オープンした時は、まさか20年以上も店が続くとは思ってもみなかったと、関係者のだれもが感じていたそうです。

店が取り扱うアイテムは、英、米、独、仏の美術書や写真集の他、音楽関係書籍、ジョン・ケージや武満徹らの楽譜、そして輸入版のLPレコードで、美術と現代音楽の専門店となっていたようです。写真で紹介いただいた店内のディスプレイはとてもおしゃれで、店名のグラフィックは田中一光さんによるものでした。
　オープン当時の現代アートのトレンドは、ミニマルアートやデュシャン、ジャスパー・ジョーンズなど。音楽ではミニマルミュージックが盛んで、店内ではテリー・ライリーやエリック・サティの楽曲が流れていたそうです。
　店には、現代アートファンが集まり、徐々にアートの情報発信と情報共有の場としての機能ができ、アーティストだけではなく、評論家や美術館関係者なども集まってきたとのこと。常連のひとりには美術評論家の瀧口修造さんも含まれおり、かなり熱心にいらしていたそうです。高橋さんは、来店されるアート関係者の方との交流から、美術についての情報をたくさん勉強されたとおっしゃっていました。
　その後、アール・ヴィヴァンは国内で順調に店舗数を増やしていきました。その一方で現代作曲家の一柳慧さんによる企画で「ミュージアムインミュージック」という、美術館で現代音楽を演奏しようというコンサートシリーズが開催されたり、世界のアートシーンを紹介する、西武美術館の友の会向けの機関誌「ART VIVANT」の刊行も始まりました。
　この機関誌では、80年代に登場したニュー・ペインティング、フルクサス、日本の前衛など、当時のアートトピックスを特集するほか、シンディ・シャーマンも初めて日本に紹介されたりもしました。ぜひ一度手に取って読んでみたいと思いました。




　東京でアートを発信し続けている高橋さんですが、名古屋との繋がりもお持ちでした。今回のレクチャーの会場である愛知芸術文化センターは、1992年の開館の際にミュージアムショップを併設する計画があり、愛知県の職員が高橋さんの元を訪れてその立ち上げについて相談に乗ってもらっていたそうです。その後、実際に出店に関わり、オープン前には芸文センターに泊まり込んで作業をしていたとのこと。当時は、愛知芸術文化センターの他にも、水戸芸術館や東京都現代美術館のアートショップも手がけていたそうです。
　躍進を続けたセゾングループでしたが、ちょうど開店から20年経った95年に閉店しました。高橋さんは、それまでの活動を振り返って、「先鋭的なアートを紹介していた西武美術館は、鑑賞体験を促すことを重要視しており、実作品を持って来て見せるということが大切だと考え、欧米の現代美術のほか、開催の困難なロシアアヴァンギャルドやヨーゼフ・ボイスなどの展覧会を開催してきた。しかし、展示だけでは十分ではなく、その作品が持つ意味やどのように理解されているのか、自分の見方が正しいのかどうか、といったことを知るには、コミュニケーションを図ったり書籍で調べたりすることも、鑑賞体験と同じように重要で、美術館と鑑賞者を繋げる役割をアール・ヴィヴァンが担っていたのではないか」と話されていました。
　その後、96年に、高橋さんは表参道に「ニューアートディフュージョン」＝「NADiff」をオープンさせます。これまで手がけてきたアール・ヴィヴァンとは異なり、入りやすく、快適に長時間滞在してもらうような空間で、ギャラリーを併設し、和書も充実させる、といったことを重要視したとのことです。店内は、作品を展示するギャラリーを中心に置いて、その周りに書籍やグッズ、音楽関係のコーナー、カフェを配置したレイアウトでした。作品を見て、本を見て、グッズを楽しんで、カフェで休憩して、といった流れができるような仕組みにしたそうです。
　実際、芸文センター地下2階にあるNADiffも居心地がよい雰囲気で、写真集をみたり、美術書を買ったり、小さな企画展を観たり、かわいい雑貨に癒されたりと、ちょっとのつもりがいつも長居してしまいます。

NADiffの開店当初はバブル崩壊後の影響がありつつも、その後順調に展開し店舗数も徐々に増えていく中で、六本木ヒルズに開業予定であった森アーツセンターのショップについて相談を受けたそうです。これをきっかけにして、NADiffから数名のスタッフと一緒に移籍されました。準備を進める中、今は亡き森前社長から電話で突然「村上隆さんに六本木ヒルズのキャラクターを作るように頼んでくれ」と言われたそうです。六本木ヒルズオープンまで約3ヶ月というタイミングだったのですが、4月のオープンに合わせて村上さんによるキャラクターが出来上がったとのこと。その後も、多くの現代アーティストとコラボレーションしながら展示やグッズ展開などを手がけ、現在進行形でお仕事されているとおっしゃっていました。

最後に高橋さんから、ミュージアムショップのヒミツとして、ハロルド・ローゼンバーグという評論家の言葉を借りて「『現代美術には、あらかじめ観衆がいるわけではない。現代美術のいろんな特徴や動向に関心を持った人が観客になっていくのである。』ミュージアムショップとは、様々な角度からアートへ近づくためのきっかけを作ってくれるものなのではないか」とお話いただきました。
　今回高橋さんの「ミュージアムショップのヒミツ」を聞いて、ミュージアムショップというものは、アートそのモノではないモノも取り扱うことで、アートに触れるきっかけを作り出し、我々をアートの世界へいざなってくれる重要な場所なのだと改めて感じました。
（あいちトリエンナーレ2016コーディネーター　近藤令子）

大田さんは、ここ数年、アジアや東南アジアの作家に注目し、それに特化した活動を続ける中で、アジアのアートが黎明期にあるのではないかと感じているそうです。
　「これまでのアートは欧米のアートの歴史を手本にして語られてきました。しかし、2000年以降グローバル化が進む世界の中で、アートマーケットも同じように変化が起こりました。欧米のアーティストばかりが取り上げられてきたアートマーケットで、アジアのアーティストも多く取り上げられるようになってきています。」
　このような流れを感じて、アジアにおける美術史を考え直す機会ととらえ、ご自身でも改めてアジアの美術史を勉強し直しているそうです。
　「アジアの美術は黎明期にあって、新しい文脈に立っている。欧米の美術思考から逸脱した考え方が生まれ、新たな見方ができるようになってきているのではないだろうか。そんな分岐点に我々は立っていると考えている。」
　大田さんの話を聞いていると、まさに私たちはその過渡期にいるのではないかと感じました。アートのマーケットの中で中国や日本のアーティストの作品が高値で取引されたり、アジアの富裕層がアートを売買して利益を得ていたりという話題を最近聞くことが多くなっていることを思い出し、今後のアジアのアート事情がどのように変化していくのかが楽しみに感じられました。
　ところで、どのような場所でマーケットは動いているのでしょうか。大田さんから、香港で開催されたサザビーズのオークションの様子とアートバーゼルの様子をご紹介いただきました。
　サザビーズは、美術品の競売（オークション）を行う機関ですが、競売する前にはその作品を展示して、作品解説を行っているそうです。その場所は、誰もが参加できる空間となっており、香港のギャラリストやコレクターはもちろん、学生や一般の方まで、いろんな方が参加しているそうです。
　アートバーゼルはスイスのバーゼルで始まったアートフェアで、世界中から現代美術を扱うギャラリーが参加し、ブースの中で取り扱い作家を紹介しながら売買をするものです。お金を払えば、誰でも入場することができ、現在進行形の現代美術の情報を発信しています。
　香港では、美術館や美術教育があまり普及していないのだそうですが、アートフェアの開催によって現代アートの情報が発信されるようになっているようです。また、コーヒー等を飲みながら、出品するギャラリーから旬なアーティストやアートの動向についての情報をもらえる場所になっているとのことでした。

次に、現在活躍しているアーティストもご紹介いただきました。Jia Ailiは、中国出身の30代のペインターで、YouTubeで制作風景を公開しているとのことで、今回その動画を見せていただきました。
　彼は一人っ子世代のアーティストで、世界情勢や、中国が発展する上で忘れられていったものや事柄を作品の中に反映させ、ロマンチックに構成している作家です。マーケットの世界では、今の若手アーティストの中でトップの作家だそうです。日本と比べると、中国の作家は、コンセプチュアルな作品制作よりも、身体や手を使って描き制作する作家が割合としては多い印象があるそうです。この他にも10名ほどのアーティストをご紹介いただきました。

中でも気になったのは、レクチャーの冒頭でも紹介されていた「インクアート」と呼ばれるジャンルの作品です。その名のごとくインク＝墨を使用したアートのことです。日本でも墨を使った「書」が身近ですが、あまり美術の文脈で語られることがないように感じます。それに対して中国では、書も含めてインクアートが盛んらしく、写真では２名の作家Gu Wendaと Tsang Tsou Choi（King of Kowloon）の作品を見せていただきました。
　Tsang Tsou Choiは、現在六本木のオオタファインアーツで開催されている［インクアート］展（10月18日までhttp://www.otafinearts.com/ja/）でも紹介されている作家で、画面を埋め尽くす文字が印象的です。また、グラフィティアーティストとしても有名で、まちなかの壁に文字を描き埋め尽くすといったパフォーマンスもしています。これまであまり注目されることがなかったインクアートですが、近年評価が高まっていることも知ることができました。

最後に、アジアのアートマーケットの情報を発信しているウェブサイトを3件紹介していただきました［Ocula／Randian／Blouin Art Info］。アジアのアートマーケットや現代アートの動向を詳しく知りたい方はぜひチェックしてみてください。
　日本では、小学校の時から美術について勉強したり、美術館が身近にあるので作品を観る機会もたくさんありますが、それがどれぐらいの金額で取引されているなどということはあまり話題にされていないように感じます。中国では、美術館や美術教育が普及していないため、アートバーゼルなどで美術について初めて触れることになります。つまり中国では、最初から美術の世界で売買が行われていることを知る環境にあるのだと知りました。全てのものをお金に換算することについては、若干抵抗がありますが、そもそも、日本人と中国人では、美術作品に触れる機会や場所が違うことに改めて気づかされました。それがアートの世界を作っていく上でどんな影響があるのか分かりませんが、異なる立場からアートの世界を考えるきっかけになったレクチャーだったと思います。
（あいちトリエンナーレ2016コーディネーター　近藤令子）

廣村さんは、あいちトリエンナーレ2013のメインビジュアルを始め、会場のサイン計画やオフィシャルグッズにいたるまで様々なデザインを手がけました。「2010のイメージ（AとTを組み合わせた矢印のマークなど）を継承しながら、2013のテーマである『揺れる大地 --われわれはどこに立っているのか：場所、記憶、そして復活』をイメージさせるデザインとして、五十嵐監督によるそのテーマ性をくずしたり隠したりすることなく、その時代の持つ生々しい部分も含めて打ち出せるように」とメインビジュアルのイメージを作っていったそうです。

　サイン計画についても、廣村さんはこれまで美術館や商業施設など様々な場所を手がけてきました。トリエンナーレ2013のサイン計画について、江坂さんから「各会場が統一されたイメージを持ち、地図がなくても展示会場まで誘導してくれるサインが印象的でした。特に、オアシス21から続く、愛知芸術文化センターへの地下通路や内部の柱に施されたサインは、来場者の気分を高め、会場へ無意識に移動させる効果が高かったように思います。」との意見を受けて、廣村さんも「公共の施設であそこまで大規模にディスプレイができるとは思わなかった」とお話されていました。
　廣村さんによる「デザインとは、理解する仕組み」との言葉どおり、初めにトリエンナーレ2013のメインビジュアルやサインに触れることで、そのテーマ性を理解していくきっかけとなっていたのではないかと、お話を聞いて改めて気づかされました。

あいちトリエンナーレ2013のサイン計画は、2014年度の第48回SAD賞(公益社団法人日本サインデザイン協会による優れたサインデザインに関する顕彰事業)において、サインデザイン優秀賞を受賞しています。
（リンクhttp://www.sign.or.jp/）

続いて、ここ最近の取組みとして、すみだ水族館や東京ステーションギャラリーでのデザインなどをご紹介いただきましが、その中でも興味深かったのは、2012年に六本木の21_21 DESIGN SIGHTで開催された「田中一光とデザインの前後左右」展についてのお話でした。
　田中一光さんは、日本を代表するグラフィックデザイナーの一人で、グラフックデザインやポスターデザインに加え、様々な広告なども手がけており、身近なところではロフトや無印良品のデザインなどが有名です。

廣村さんは、大学を卒業後すぐにこの田中一光デザイン事務所に入社し、約11年間務められました。入社3年目までは、皿洗いや運転手が主な仕事で、5年目ぐらいからようやくデザインの仕事をさせてもらえるようになったとのことでした。皿洗いと聞いてちょっと不思議に思ったのですが、田中一光事務所では田中さんの方針で、昼食と夕食を事務所のメンバー全員で毎日食べていたのだそうです。「本当に毎日なんですよ」とちょっとあきれながらも楽しそうでした。「自分の父親との時間よりも田中さんと一緒にいた時間の方が長く感じるくらい、まるで家族のように接してきた」とおっしゃっていました。
　廣村さんによると、田中さんは「一瞬で判断を下すことができる天才、そして色彩感覚の素晴らしさがある」とのことです。そんな天才田中さんから、「君は凡才だね。」と言われたことがあるそうです。続けて「凡才だけど、食えるデザイナーにしてやる。そのためには、人の3倍は仕事しろ。」と。
　以前廣村さんはメガネをかけていなかったそうですが、夜、会社に残って仕事をしていると、パーティー帰りで事務所のビルの前を通り過ぎる田中さんから電話が掛かってきて「いつまで仕事をしているんだ。電気代がもったいない。」と連絡が入るそうです。そこで、電気を消して、机の下にもぐり、ライトをつけてこっそり仕事をしていたとのこと。そのせいで、目が悪くなってしまったのではないかな、とお話されていました。

その後のトークでは、日々の生活から気がついたり、新たに発見できるきっかけをデザインで作り出すことができればと制作されたJunglin' （ジュングリン）という作品も見せていただきました。Junglin'とは、順繰り＋ ingの造語だそうです。繰り返される日常を改めて意識してみせることで、今まで意識せずに通り過ぎていたことが発見できるようなものとなっています。繰り返される動きは、単純ですが決して単調ではなく、ずっと見ていられるような不思議な感覚になる映像作品です。こちらは、以下のサイトでも見られます。http://youtu.be/JUWgz1YDYFM
　また、東京でJunglin'の展覧会が始まりますと告知もいただきました。
廣村正彰展「ジュングリン2」
会場｜AXIS GALLERY（東京都港区六本木5-17-1 AXISビル4F）
会期｜2014年09月19日(金)～2014年09月28日(日)／会期中無休

会場からは、デザイナーになろうと思ったきっかけや、子どもの頃の廣村さんはどんな風だったかといった質問をいただきました。
　廣村さんは、体育が得意な少年で、いつも走りまわっていたそうです。愛知県の安城市出身で、周りには何もなく走って遊ぶことしかできなかったとのこと。そんな少年時代を過ごした廣村さんは、高校卒業を控えた時期に、進学先も決まっていたにもかかわらず、このままではダメなのではないかと思い直し、急遽進路変更。自分には何ができるのだろうと考え、出てきた答えが「デザイナー」。この時考えていたのはプロダクトデザインを扱うデザイナーのことだったそうです。その考えに至るまでの間、「特にデザインやアートに触れたり、感銘を受けたりするようなことは全くなかった」とさらっとおっしゃっていました。

今回は、あいちトリエンナーレ2013での取り組み、廣村さんのデザインに対する姿勢や修業時代のこと、また少年時代に至るまで、いろいろなヒミツをお聞きすることができました。その中でも、廣村さんは人の3倍努力し、さらに経験を積み重ねた結果、あんなにステキなデザインを生み出すことのできるデザイナーになられたということが、今回の一番のヒミツだったのではないかなと思いました。
（あいちトリエンナーレ2016コーディネーター　近藤令子）