関口さんは岡崎の石原邸でのスパイスと写真の展示と並行し、八丁味噌を世界各地の料理と融合させた「キャラヴァンサライ・メニュー」を考案し、Instagramで公開しています。国際展というと視覚芸術作品が多くを占めますが、舞台芸術を含むことを特徴とするあいちトリエンナーレで、味に関する取り組みが何かできないかという港芸術監督の提案から、このプロジェクトは始まりました。作家、翻訳家として活躍される一方、「亡霊ディナー」など文学と味を結びつけるイベントを各地で行う関口さんですが、拠点とするパリでも八丁味噌は自然食や和食への関心の高さから入手しやすく、日常的に使われているとのこと。トリエンナーレでは、スパイスの匂いを嗅ぎ、その匂いから旅をしてもらうことと、自宅で調理した「キャラヴァンサライ・メニュー」を撮影して自分で食べるだけでなく、来客に食べてもらうことで、さまざまな国の方と八丁味噌との出会いを意図されたそうです。

撮影を担当されたコロンビア出身の写真家フェリペさんは、八丁味噌が開封時から形も色も意外な変化を遂げることを撮影する中で八丁味噌がまさに生きていることに驚かされたそうです。《VIVIER》のシリーズでは、私たちが普段、目を向けることがない八丁味噌のさまざまな姿を表出させる中で、写真家の仕事としてどれくらい明白に見せるか、あるいは曖昧なまま残すかが重要だったそうです。

関口さんのお話の中で興味深かったのは、味を表す言葉が知覚や気持ちと結びついている場合が少なくないというお話です。たとえば、フランス語の"fade"は「味気ない」「（塩）味が足りない」ことを意味しますが、単に味が薄いことではなく、食べても楽しくない、ワクワクしないというニュアンスがあるそうです。また日本語の「渋い」は、派手でなく落ち着いた趣があることを意味しますが、「渋い」を意味するフランス語"astringent"は味にしか使わないそうで、言葉が使う人々の美意識やその国の文化と結びついている点が面白く思いました。

調理は私たちが生きていく上で不可欠でありながら、普段何気なく行っている行為です。しかしながら、調理には味覚だけでなく、視覚、聴覚、触覚、嗅覚の五感のすべてが要求されます。そこからつくり上げられる料理は、究極のアートといえるのではとあらためて感じました。

（あいちトリエンナーレ2016エデュケーター　田中由紀子）

アーティストトークの開始時刻に目隠しをして登場した野村さんは、手探りで小鍋に湯を沸かし、鍋の中で柔らかくした樹脂を、雨水を凍らせた氷柱に覆い被せるというパフォーマンスを行いました。樹脂で氷柱を型取りするわけですが、樹脂の熱によって氷柱は溶けだすので、氷柱は型取りされながら原形を失っていきます。一方、柔らかく一定の形をしていなかった樹脂は、氷柱が溶け、樹脂が固まる瞬間の形をとどめていきます。この行為は、形があることとないことが表裏一体であること、そして目隠しをして手探りで行うことで作為と無作為の間（あわい）を行きかう野村さんの問題意識を体感させるものでした。

続いて行われたアーティストトークでは、出品作品の制作プロセスが語られました。《光像、もしくはライトボックス》（2016年）は、線香花火に点火した瞬間から消えるまでの数十秒間でシャッターを切った写真作品。いわば線香花火の一生が焼きつけられたもので、全体に白っぽいのは反転されているためです。《Untitled（箱に詰められた直径80mの打ち上げ花火）》（2016年）は、ガラスケースの中で打ち上げ花火の尺玉を爆発させたものです。尺玉を箱の中で爆発させることは違法になるので、合法的な方法を模索したり、ガラスケースの試作や爆発の実験を繰り返したりと、誰もやったことがないことだけに試行錯誤しながらの制作だったそうです。

今回の出品作品では、線香花火の燃焼が拡大され、打ち上げ花火の爆発が縮小されるという時間と空間の大小の反転や、写真を使用することによるネガとポジの反転が重要にコンセプトになっているそうです。それに対して、写真のネガとポジの関係が彫刻を制作する場合の型取りとプロセスが近いことを指摘された金井キュレーターの言葉から、野村さんがこれまで表現媒体として彫刻と写真を選択してきたこと、そして冒頭に行われたパフォーマンスが、ひと続きのものとしてあらためて理解できた気がしました。

（あいちトリエンナーレ2016エデュケーター　田中由紀子）

動物学者であったエドワード・モースは、腕足動物のシャミセンガイを研究するために、1877年に来日します。横浜から東京へと向かう汽車の窓から、大森貝塚を発見したのは日本史でも有名なエピソードですね。その後、モースは学生たちを引き連れて日本初の発掘調査をします。しかしながら、貝塚から出てきたのは貝だけではなくて、人や動物の骨も発掘され、そして、「縄文土器」も発見されることになります。貝塚は貝殻が積み重なった堆積層というよりも、そこに生きていた太古の人々の暮らしぶりが分かる貴重な資料だったのです。

モースは、日本に1877年、1879年、1882年の三度来日して、その中で四回日本を旅しています。学術目的で来日したモースですが、日本で心身が虚弱した状態になってしまいました。そこで、趣味を見つけて歩くことで元気を取り戻そうと考え、ふと立ち寄った骨董屋で「貝の形」をした陶器を見つけます。これをきっかけにモースは、日本各地を旅しつつ、日本の陶器を研究するようになります。ただし、それは陶器に対する美的な興味というよりも、その土地や暮らしている人々に関心があったようです。モースの日本陶器のコレクションは5000点にも及び、現在はボストン美術館に収蔵されています。

中村裕太さんは、今回の作品で四回目のモースの旅をたどりながら、訪れた先で陶片を収集し、その地にまつわる絵葉書を一緒に展示しています。モースの足跡をたどっていると見つけられる陶片は、考古学的な資料というよりも、そこで実際に生きていた人々の暮らしぶりを表す人類学的な痕跡となっています。中村さんによれば、明治時代に日本にやってきた多くの外国人学者がオリエンタリズム的な視線から日本を見ていたのに対し、モースにはそうした態度は一切なかったそうです。今回のお話から、日本各地の土地やそこに暮らす人々へ向けられたモースと中村さんの重なり合う視線を、出品作品《日本陶片地図》に感じました。

（あいちトリエンナーレ2016アシスタントエデュケーター　霜山博也）

砂糖を使ったロイヤルアイシングという製菓技法による壁画を豊橋で現地制作された佐々木さん。これまでも青森、京都、新潟、静岡、長野、福井、韓国、ニュージーランド、オーストラリアなどで同様の技法による作品を滞在制作しています。これらは展示期間が終わると取り壊される一抹のはかなさをはらんでいますが、神話やその土地固有の物語から取材して描かれたイメージは、太古からそこにあるかのような堅牢さも併せ持っています。

今回、『東三河郷土雑話』から、豊橋周辺でかつて養蚕が行われ、その絹糸が伊勢へ献上されていたことを知った佐々木さんは、豊橋から絹糸が伊勢、奈良に運ばれた道を実際にたどり、渥美郷土資料館でこの地が塩の一大産地だったことを知ります。絹の生産より以前の古墳時代に渥美で生産されていた塩は、奈良時代には各地に運ばれるようになり、塩の道は西は奈良（平城京）、東は長野の松本、新潟の日本海側まで続いていたそうです。

絹の道から塩の道へと取材を展開した佐々木さんが描いたのは、かつての塩の窯跡に群生する植物や行き交う船をモチーフにした塩の道の風景。私たちが生きていくうえで不可欠な塩。それを運ぶ人々の移動が道をつくり、街道をつくり、まちをつくってきたこと。それ自体が「創造する人間の旅」であったと、佐々木さんのお話から感じないではいられませんでした。

（あいちトリエンナーレ2016エデュケーター 田中由紀子）

岡部さんは、広島、福島、沖縄、そして愛知で制作したフロッタージュを4か所で展示されました。フロッタージュとは、物の上に紙を置いて鉛筆などでこすり、その凹凸を写し取る技法で、岡部さんは1986年から広島の原爆の痕跡を写し取る取り組みを続けています。冒頭に流された制作風景を捉えた記録映像では、壁や道路、木の幹に紙を当ててオイルチョークでこするときの音の迫力に、参加者の多くが圧倒されました。この映像と音から、渾身の力を込めて対象を写し取ることによって初めて、対象に封印されていた記憶と時間を浮かび上がらせることができるのだと思いました。

今回、出品されている広島の被爆樹のシリーズは、港芸術監督が日本館ディレクターを務めたヴェネチアビエンナーレ2007に、岡部さんが日本館代表として参加された時から始まりました。被爆樹とは、原爆で被爆しながらも生き延びている木で、広島の市民に再生の希望を与えてきました。一方、福島の切り株のシリーズは、福島原発事故の除染目的に除伐された飯舘村の屋敷林の切断面を捉えたもので、広島の被爆樹とはまったく逆の意味を感じさせます。また、沖縄・伊江島の旧公益質屋は、戦時下にアメリカ軍の砲弾が壁を貫通したまま保存されているコンクリートの建物で、その建物ごと写し取った作品は、当時の沖縄の戦火の激しさを生々しく伝えています。それらに加えて、戦時下の産業遺構である三信鉄道トンネルの壁を写し取ることによって、岡部さんは広島、福島、沖縄という3つの異なる場所と時間を愛知に結びつけました。

自身の作品について「都市の過去を現在に引き寄せる作業であるとともに、私自身の外と内なる世界を同時に表出させる行為」と語った岡部さん。その作品を見ることをとおして、私たちは過去の場所と時間を追体験し、広島・福島・沖縄が直面する問題を自分の問題につなげていけるのではないでしょうか。

（あいちトリエンナーレ2016エデュケーター　田中由紀子）

松原さんは、今年5月に愛知県内の盲学校の生徒さんと、愛知県陶磁美術館で2日間にわたるワークショップを行いました。盲学校の生徒さんたちには、自分たちの感覚を頼りに陶磁美術館の庭を歩いてもらったり、フランス人のダンサーとコミュニケーションをとってもらったりして、生徒さんが人や自然と触れ合った形を、用意していた柔らかい粘土によって残したそうです。松原さんは、それを「fossil of contact（接触化石）」と呼んでいます。それに釉薬をかけて焼いたものが、今回の出品された作品の一部となっています。

通常の化石は生きものの骨や足跡などであり、そこから考古学者はその生物がどのように生きていたかを想像し、大昔の生物や自分たちの祖先の姿に思いを巡らせます。それに対して、松原さんの「接触化石」は、私たちがどのように人や自然とコミュニケーションを取っているのかを形として記録化したものです。これを発見した未来の考古学者は、どんなことをそこから読み取るのでしょうか、とても興味深いですね。照明や音楽にこだわったパフォーマンスは、たくさんのお客さんを引き込んだ、素敵な空間となりました。

（あいちトリエンナーレ2016アシスタント・エデュケーター　霜山博也）

タロイさんはパプアニューギニアのブーゲンヴィル島のアラワで生まれ、現在はシドニーとメルボルン、ブーゲンヴィル島を拠点に活動しています。彼女が生まれ育ったブーゲンヴィル島は、ニューギニア島の東に位置し、南北は約200km、ソロモン諸島で最大の島です。1768年にフランス人探検家ブーゲンヴィルにより発見され、植民地時代を経て1975年にパプアニューギニアの一部として独立しました。1960年代から70年代にはオーストラリアの影響を受けて工業化が進みますが、89年には銅山開発を巡り島民と政府との間に内戦が勃発。その頃、タロイさんの父は政府の役人をしていたため、家族の安全を考えて、翌年、オーストラリアに移住しました。

民族に伝わる名前を娘に付けるほど、民族の伝統を重んじていた父は、オーストラリアの資料館や博物館にしばしばタロイさんを連れていきました。タロイさん自身は、都会で暮らしながら民族のことを教えられることに対し、どこか奇妙な感覚を抱いていたそうです。

今回の出品作のタイトル《Beroana》は、タロイさんの民族の言語で「貝殻の貨幣」という意味ですが、彼女が貝殻の貨幣を見たのは、オーストラリアの資料館や博物館でした。民族の一員としての自分は支配される側にあるけれど、支配する側がどんな興味から貝殻の貨幣を収集したのだろうと考えると、そこに人や物との関わりや、交換としての経済が見えてくることに興味を持ったそうです。

その後、オーストラリアの美大に進んだタロイさんは、並行してブカ島で伝統的な陶芸の方法を学びます。貝殻の貨幣から着想したセラミック製のビーズが、無数につながり緩やかな螺旋を描いて宙に浮いている《Beroana》の形状は、山脈を形成しているエネルギーが塊となって地下に向かっていく様子をイメージしたそうですが、アロワの人に作品を見せるとそのことを一瞬にして理解してもらえるのが一番の喜びだそうです。美術教育をとおして触れた西洋的な思想と民族の伝統的な技法が融合されたところにあるタロイさんの作品が、欧米に偏りがちな価値観を問い返す所以（ゆえん）が、今回のお話から参加者のみなさんに伝わったのではないでしょうか。

（あいちトリエンナーレ2016エデュケーター　田中由紀子）

ソン・サンヒさんは韓国のソウル生まれで、現在はオランダのアムステルダムを拠点とされています。レクチャーはソンさん自身の生い立ちから始まりました。韓国だけではなく日本やオランダには、普段ニュース等で取り上げられることのない社会に見放された人々が多く存在していること、そして、どうしてそうした人々の声を表現するようになったかを語ってくださいました。「時間はまっすぐ流れない、歴史は進歩することはない、過去は今に見える」という言葉は、抑圧されてきたさまざまな弱者の声を作品の現場に届けることが自分の役割だとする、ソンさんの考えを象徴しているように思えて印象的でした。

山城知佳子さんは沖縄県出身で、現在も沖縄を拠点とされています。あいちトリエンナーレに出品された『土の人』がどのように撮影されたかについて、裏話まで含めて分かりすく具体的に語ってくださいました。米軍基地内でも、沖縄県民が農耕をすることができる「黙認耕作地」というものが存在していること。また、山城さんも声というものを重視していて、外国語であっても翻訳は入れずにあくまでも音の表現としていること。そして、それは『土の人』のラストシーンである基地移転に反対する人々の声へとつながっていきます。対談の時に出た「もしかしたらそこにいない人のものかもしれない、聞き取られることのない声を立体的に表現すること」という言葉が印象的でした。

山城さんとソンさんの作品は共に、栄会場の旧明治屋ビル3Fが展示場所です。昭和14年に完成した旧明治屋ビルは78年もの歴史があり、ビルのレトロな雰囲気と現代美術が見事に調和した展示会場となっています。そんな場所で、これまでの過去と私たちが生きている現在、そしてこれからの未来について考えてみるのもいいかもしれませんね。

（あいちトリエンナーレ2016アシスタントエデュケーター　霜山博也）

グリナラ・カスマリエワ＆ムラトベック・ジュマリエフのアーティストトークは、あいちトリエンナーレ2016国際展キュレーターの服部浩之を進行役に行われました。彼らが拠点とする中央アジアのキルギスは、中国の西境と国境を接し、高度7000mもの山々に囲まれ、湖も多くあることから、「第二のスイス」と呼ばれているそうです。1991年のソビエト連邦崩壊後、構成国の多くが新たなヒーローやアイデンティティを求めるなか、西洋だけでなくアラブやイスラムの文化の影響も受けるようになったキルギスもまた、資本主義経済への激しい変化のさなかにあります。
二人は1990年代後半から共同制作を始めましたが、これまでの制作に関するお話の中で印象的だったのが、キルギスの民族衣装を纏ったグリナラさんが自身の髪を切るというパフォーマンスについてです。キルギスでは伝統的に女性は髪を切らないそうで、床を這う3mもの髪（自毛とつけ毛をつないだもの）をザクザクと切っていく様は、古い因習を断ち切り未来を切り拓こうとする民族の姿を象徴しているように感じられました。

出展作品である産業廃棄物をのせたトラックが行き交う現在のシルクロードを映し出した映像インスタレーション《A New Silk Road: Algorithm of Survival and Hope》も、民主化によるグローバリゼーションが押し寄せる、現在のシルクロードを描き出しています。

ヨルネル・マルティネスさんのアーティストトークは、開発ビル6階会議室から彼の展示がある水上ビルに移動し、参加者に今回の出品作品を見ていただいてから、みずのうえビジターセンターにて行われました。進行役は、あいちトリエンナーレ2016国際展キュレーターのダニエラ・カストロとあいちトリエンナーレ2016アシスタント・キュレーターの西田雅希です。

綴じられた使用済みのセメント袋にさまざまなイメージが描かれた「P350」プロジェクトの作品群ですが、これはヨルネルさんがそれまでに関わってきた出版プロジェクトの一つ。共産主義国のキューバでは、出版に関する法規制が厳しく、雑誌はわずかしか出版されていないそうです。紙不足も深刻であり、セメント袋の再利用を通して、ビジュアルアートの発表の場としての出版のプラットフォームをつくりたいという思いから、詩人の友人と始めたそうです。

まず、セメント袋を集めて小さなノートをつくり、それを友人に配って参加を募りました。そこに、グラフィティアーティスト、デザイナーやタトゥーのアーティストなどが集まりました。そして、ここから詩の朗読会やレクチャー、パフォーマンスなど、雑誌とは何かを市民に考えさせるイベントも広がりました。

特に印象に残ったのは、「自分と他の作家は、星とその惑星のようなもの。作家は他の作家と関係性を持ちたいと常に思っている。だから、作家同士の対話の場をつくることが重要」というヨルネルさんの言葉でした。共通する問題意識からコラボレーションを続ける、彼の制作の本質を表す言葉のように感じられました。

（あいちトリエンナーレ2016エデュケーター 田中由紀子）

シンポジウム「トランスディメンション―イメージの未来形」は、同名の出展作品コラムプロジェクト「トランスディメンション―イメージの未来形」の関係者が集い、第1部は同プロジェクト参加アーティストの勝又公仁彦さんとあいちトリエンナーレ2016芸術監督の港千尋、第2部では同プロジェクト参加アーティストの赤石隆明さんと小山泰介さん、横田大輔さんをパネリストに迎えて行われました。モデレーターは、第1部、第2部ともに同プロジェクトディレクターの後藤繁雄さんです。

今回のトリエンナーレでは、文化人類学的な視点から8つのコラムプロジェクトが展開されました。写真表現の可能性を、新作を通して探ることをコンセプトとする「トランスディメンション―イメージの未来形」は、トリエンナーレ全体でも新作の割合が高い中、すべて新作で構成されており、コラムプロジェクトの中で最も実験的な展示となっているというお話が、港芸術監督からありました。

写真というと、真実を写す、あるいは記録するというニュアンスが強い媒体ですが、実際にはアーティストは眼前にあるものをありのままに撮影するわけではなく、コンセプトを決めて撮影します。後藤さんによれば、そもそもカメラというテクノロジーが介入している点が他の芸術表現と比べた時の写真表現の面白さであり、コンピーターの普及により写真のテクノロジーがアナログからデジタルへ大幅に変化している今、写真は真実ではなく変化に対応していくメディアといえるそうです。「トランスディメンション」の「トランス」は横断、「ディメンション」は次元を意味しますが、「例えば、スマホをかざすとまちなかにポケモンGOのキャラクターがいることがわかる。そんな我々が意識していない、隠された次元をカメラで暴くといった次元の横断・変換も、写真の新たな可能性。今回はシビコの建築空間が孕（はら）む『何か』を、写真表現をとおして露わにしていくスリリングな試みです」と語った後藤さん。シビコに並ぶ作品が既存の写真表現とは異なる3次元的なアプローチにより制作されていることについても、平面・立体・映像のジャンルのトランス（横断）という点からお話しいただきました。

続いて行われたアーティストトーク「シュレヤス・カルレ」では、あいちトリエンナーレ2016国際展キュレーターの服部浩之が進行役を務めました。服部キュレーターは、4年前にインドのムンバイ郊外でシュレヤスさんが運営するコナ（cona foundation）というスペースを訪れました。当時はシュレヤスさん個人の活動よりむしろ、conaの活動に注目していたそうですが、あいちトリエンナーレ2016のテーマ「虹のキャラヴァンサライ　創造する人間の旅」に合った活動が、会場となる表屋で展開できるのではとシュレヤスさんを招聘したそうです。

シュレヤスさんは、戦後まもなく建てられたモダン建築である表屋の2・3階部分を使ってインスタレーションを展示していますが、そこにはインドで彼が制作したオブジェと、かつて従業員が住んでいたという表屋に残っていた古い家具やテレビ、食器などが混在しています。よく見ても、どれがもともとあった物（ファウンドオブジェクト）なのか区別がつかないものも少なくありませんが、シュレヤスさんによれば、作品ではないものが作品となる過程を見せたかったそうです。古いモダン建築に広がる、作品とファウンドオブジェクトが混在する不思議な空間に、来場者はさまざまな物語を読み取るのではないでしょうか。

（あいちトリエンナーレ2016エデュケーター　田中由紀子）

お弁当を得意としているchiobenさんは、北海道出身。

今回の参加者は、小学3年生以上の子どもと保護者2人1組で参加いただきました。さっそく、chiobenさんと一緒にお弁当に入る食材をみんなで見ていきました。初めて見るもの、知っているけどいつも見ているものとはちょっと形が違うものなど、いろんな発見ができました。

参加者のみんなは、ちょっと緊張しながらも、初めて見る野菜を手にとったり、においを嗅いだりしていました。用意した食材は、沖縄のものが［青パパイヤ、島らっきょ、ヘチマ、オクラ、島とうがらし、もうい、うりずん豆］、北海道のものが［タマネギ、ジャガイモ、ホースラディッシュ、トウモロコシ、ホタテ、さんま、タコ、昆布］です。また児童総合センターから［バジル、大葉、ナス、プチトマト］をいただきました。
沖縄と北海道に共通する食材として、昆布のお話をききました。昆布は北海道でよくとれる食材ですが、基本的には出汁をとるものとして利用され、昆布そのものを食べることは多くありません。しかし、昆布があまりとれない沖縄では昆布を主食とする料理が多くあり、日常的に食べているそうなのです。北海道でとれた昆布が沖縄でもりもり食べられていることを知り、とても不思議だなと感じると同時に北と南の繋がりを感じました。

お弁当のメニューは、［豚団子のスパイス煮込み、うりずん豆のおひたし、ヘチマナムル、もういのなます、煮卵と結び昆布、青パパイヤとジャガイモのサラダ、島らっきょ漬け、春巻き、たこめし］です。どれもおいしそうですね。その中から、みんなで結び昆布作りと春巻き作りをやってみました。

料理経験者が多く参加していることもあり、結び昆布は軽々とできていました。結んだ昆布は、卵と一緒に煮ていきます。

chiobenさんのお弁当の中でも重要なおかずは"春巻き"です。よく知る中華料理の春巻きとはちょっと違います。シンプルな材料で、とってもおいしい春巻きを作ります。旅するお弁当の中に入る春巻きの具は、北海道と沖縄の食材に愛知県児童総合センターで収穫した材料を追加して［こふきいも・ホタテ・とうもろこし・さんま（八丁味噌で味付け）、うりずん豆、大葉、バジル］が用意されました。最初は、ホタテ・ジャガイモ・うりずん豆・バジルのシンプルなもので、次に好きな食材で巻いていきます。chiobenさんの春巻きでは、皮を2回巻くのがポイントだそうです。そうすることで、パリパリの食感が味わえます。
　

揚げたての春巻きは、とってもおいしかったです。シンプルな食材と味付けにも関わらず、こんなにおいしいなんてとみんなで驚きました。

すべてのおかずができたところで、お弁当に詰めていきます。お弁当の詰め方もchiobenさんのお弁当ポイントのひとつです。バランやアルミカップなどの仕切りを使わずに、すべてのおかずを詰めていきます。

chiobenさんのアドバイスを聞きながら、どんどん詰めていきます。そして、最後はメインの春巻きをのせて完成です。

ちなみにごはんはたこめしで、白いごはんにさっと炒めたタコと山椒、塩と醤油で味付けされています。彩りや味などを考えながら一つ一つ丁寧に詰めていきました。

最後は、お弁当を持って児童総合センターの中を旅してもらい、それぞれ好きな場所でお弁当に舌鼓をうってもらいました。プログラムを通して、知らないことはまだまだたくさんあるのだと、いろんな発見ができるプログラムでした。

おまけ｜当日は、朝から下ごしらえをしていました。おいしいお弁当になってよかったです。

（あいちトリエンナーレ2016コーディネーター　近藤令子）

「大愛知なるへそ新聞」は、トリエンナーレ会期直前に発行される0号を皮切りに、トリエンナーレ終了まで10回、発行される予定です。山田氏はまず、「なるへそ新聞」とはどういうものか、どのようにして作られるのか、大阪の「西成なるへそ新聞」を実際に見ながら、ご説明してくださいました。

「なるへそ新聞」は、「まちは様々な記憶を持った人でできている」「変わりゆくまちの様子を新聞紙面で体現する」ことを主眼に置いた新聞です。まちに住む人々の記憶を頼りに一般参加の記者が取材し、まちの今昔を新聞紙上にまちの風景として再現していきます。一つ一つの記事が紙面上の家や区画のように扱われ、新しい記事は古い記事を一旦切り取って（家を取り壊すイメージ）差し替えることになり、新聞記事のレイアウトがまちの地図のようなものになります。紙面がまちそのものであると言えます。

興味深かったのは、例えば0号完成後、そこにある記事を切り抜いて、空き地を紙面上に作ってまず1号、そしてその空き地に新たに記事を建てて2号が発行されるという変化の仕方でした。空き地ばかりのまちも、ひとつのまちの姿として捉えている、という考え方が興味深かったです。

山田亘「なるへそ新聞プロジェクト」　© 山田亘

「大愛知なるへそ新聞」は、「愛知」に関係がある人を取材して記事を作成します。今まできちんと話を聞く機会がなかったご家族から聞くのもよし、他の場所で生まれたけれど、長年愛知に住んでいる人、働いている人、などなど、対象は広がりそうです。このような、なるへそ新聞のプロジェクトを面白そうだな、と少しでも感じてくださったら、声をかけてください。記者はもちろん、編集、図案画家、手書き文字など、関わり方は様々です。会期中全期間にわたってがっつり参加していただくのはもちろん、例えば、文字のトレースをひと記事だけ、というライトな関わり方も大歓迎です。

新聞についての説明が山田氏からあり、プロジェクトに参加したい方には登録フォームが配布され、提出していただいたのですが、特に今回の説明会では、0号制作に向けて参加してくださる、ガッツある方の募集に熱が入りました。トリエンナーレ会期前の7月に、まず0号と、会期の8月初旬に合わせて発行される１号を作ります。次号へ続く新聞のベースとなる、大事な号です。この重要な0号と1号の制作に参加してくださる方はなかなか重要な役割です。6、7月と集中して活動していただくこととなります。そのような方も大勢いらっしゃり、安心いたしました。今後、スケジュールをしっかり組んで、活動していきます。

山田氏はあいちトリエンナーレで「大愛知なるへそ新聞社」をやりたい、新聞を作る、編集部を用意するだけでなく、新聞社がやりそうなことをしたいと話しました。例えば「なるへそ文化センター（仮）」を作って講座やレクチャーを開催したり、新聞社主催の展覧会などを企画、開催したり、チームを作って野球の試合などと、いろんな活動ができると嬉しいと話しました。

トリエンナーレ本番に向けて、そして会期中、大愛知なるへそ新聞社が盛り上がる様子を想像すると、今から本当に楽しみです。

今後の予定では、きたる6月10日（金）18時30分から、編集準備室となる学書ビルにて、会場のお披露目会をいたします。編集準備室をご覧いただきながら、「大愛知なるへそ新聞」について、今後の展望など中心に、山田氏にお話しいただきます。
お披露目会終了後、会費制で懇親会をいたしますので、皆様どうぞお気軽にご参加ください。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

（あいちトリエンナーレ2016コーディネーター　長者町担当　舟橋牧子）

なるへそ新聞社ホームページ　
プロジェクトの内容がご覧いただけます。プロジェクトへの参加申し込みもできます。
http://naruhesonewspaper.jimdo.com

準備編集室となる学書ビル

今回は長者町地区で出品予定のアーティスト、佐藤翠（さとう　みどり）氏にご登壇いただき、主にご自身の今までの制作について、お話しいただきました。

続いて、あいちトリエンナーレ2016チーフ・キュレーター拝戸雅彦が、佐藤氏を出品作家として選び、また展示会場として長者町地区を提案した経緯などを話しました。佐藤氏への質疑応答を挟み、錦二丁目「まちの会所」世話人代表・延藤安弘氏が加わっての鼎談となりました。

佐藤氏への質疑応答には積極的に手が挙がり、鼎談の際は、延藤氏が長者町の方に、佐藤氏の作品についての印象をお伺いするなど、会場とのやり取りも活発でした。また佐藤氏が持つ華やか且つ落ち着いた雰囲気が加わり、活気にあふれながらもどことなく優雅な時間が流れました。参加者の数は約50人で、長者町の方々以外にも、トリエンナーレに興味を持つ方などが集まりました。また今回は、2010年からあいちトリエンナーレをご支援いただいている、長者町で約50年毛糸や手芸用品を扱う「丸善商事」の棚橋氏にご来場いただき、まちの方々と共に、本番に向けての結束を感じさせる時間でした。

山口剛史氏（あいちトリエンナーレ2016長者町会場推進チーム・サブチームリーダー）の挨拶でスタート。佐藤氏について丁寧にご紹介いただきました。

佐藤翠氏によるトーク


佐藤氏は、主に洋服が掛かったクローゼットや、カーペットなどをモチーフにした絵画を制作しています。名古屋芸術大学在学中にフランスに交換留学（国立ディジョン芸術大学）し、モチーフの模索をしていた自分と向き合う時間を持ったそうです。その時に、「子供の頃の、絵が好きだった気持ち」を取り戻すことができ、「絵を描きたいという気持ち」が芽生え、自分の中で変わらない価値観や、興味があって好きなものを使うことで自分の絵が描けるだろうと考え、洋服をモチーフにして絵を描き始めたそうです。卒業後、佐藤氏は東京造形大学の大学院に進みました。東京で発表した作品が受賞し、作品の発表は東京になりました。

また、東京での初めての個展の際に、絵画を壁に掛けて見せるだけではなく、棚や鏡、カーテンを使用して空間を作る、空間自体が作品となるようにする、ことを意識した、と話しました。それは、絵画以外のことにも挑戦したい、という彼女にとっては自然な流れだったそうです。とりわけ、空間を映し出す鏡には、空間を作る、という自分のやりたいことと一致する素材だと考え、使用を始めたそうです。



二度目のフランス（パリ）滞在、公募での受賞や展覧会を経て、佐藤氏の作品は次第に抽象的なものを求めるようになります。「カーペットを描いていても、カーペットではないものになりつつある」。洋服も描くアイテムにこだわるのではなく、「自分の好きなものに出会った時の高揚感や印象、その場の空気感」や「布の持つ柔らかさ、手触り、感覚的なもの」を求めるようになってきた、と話しました。

また、自然へと思いが向くようになり、特に植物をよく見るようになったそうです。佐藤氏がこれまでモチーフとして描いてきた「洋服やカーペットなどの装飾の大元は自然の中にある」、と実感したようです。加えて、絵の中に描いていた棚を実際に展示空間に置くことで絵の中と絵の外の世界を行き来できるように、また、鏡に絵を描いて映り込む空間とつなぐように、絵画を使ってインスタレーションとして見せることに、引き続き挑戦しています。抽象的な画面の追求、自然や植物への思い、そして空間を作りあげる、ということが、現在の佐藤氏の最大の関心事と言えるでしょう。「空間を作ることを意識する」という、繰り返し語られた言葉が印象的でした。才能溢れるアーティストの、進化してゆく姿がまぶしく、また非常に頼もしく感じました。

拝戸チーフ・キュレーターによる話

拝戸氏は長者町地区を佐藤氏の発表の場とする理由を話しました。これまで室内のクローゼットなどの洋服のある場所を描いてきた佐藤氏の作品が、長者町という、過去から現在に至るまで、服、布や繊維が溢れかえった場所に置かれた時、絵がどう見えてくるか、に関心があるようです。また、ギャラリーや美術館などの、ニュートラルな白い部屋で見せてきた佐藤氏の作品が、長者町という、まち全体の記憶の中に衣服が溢れていると同時に、空いたビルの少し汚れたような空間に置かれていった時に、どう見えてくるかへの期待感が語られました。また、佐藤氏の作品を京都のギャラリーで初めて見た時のことや、名古屋市内にある佐藤氏の自宅兼アトリエを訪問した時のエピソードなども語られました。

続いて佐藤氏への質問タイム。

あいちトリエンナーレ2016の虹のキャラヴァンサライというテーマについて、長者町の印象について質問が出ました。「制作への考えが始動したところで、まちについても、皆さんにいろいろ教えていただきたい」ということでした。また、抽象的なものを追い求めるに至った経緯についての質問に佐藤氏は、「絵画ということを考えるようになり、画面にいろいろな可能性、多様性を与えたい。限定的なことを言うのではなく、多くのものが含まれているようにしたい、それが抽象化への興味に移った」と話しました。

また拝戸氏は、「美術館での展覧会とは違い、一般的に見て芸術祭では、テーマコンセプトに沿ったヴィデオや、体験型のインスタレーションが多く、また、展示する場所の地域性や場所のコンテクストを重視するために、純粋な絵画の出番があまりない」と話しました。「しかし、絵画がシンプルでありながら、一番難しくて、深いと思っている。また愛知県には絵画表現の根強い伝統があり、国内で開催される絵画をテーマにした展覧会では、作家の1/3～1/2が愛知県ゆかりのアーティストということがある」と話しました。また、「虹のキャラヴァンサライ」という今回のテーマを考えた時に、「虹、つまり自然現象として発生する色について注目する必要があった。色の問題をどう発信していくかを考えると、絵画の存在が欠かせない」。佐藤氏と拝戸氏、アーティストとキュレーターの信頼関係が見られたように思います。

鼎談

延藤氏の方から、佐藤氏の作品への印象が語られました。「佐藤氏の作品を見ていると、真夜中にクローゼットの洋服たちが動き出すのではないかなど、想像力が刺激され、五感をフル動員させてくれるような印象を持つ」、と話されました。また、「鏡を使った作品の、虚と実をつなぐような場の表現、つまり、間をつなぐ表現は、建築でも内と外、人間と空間、今と未来、というように、間をデザインする力が根本的なテーマとなっているが、その部分に自覚的ですか」、と質問されました。佐藤氏は、「絵を描いていて、画面の中だけの問題では終われない、画面の外のことも意識したいと思うようになり、絵画以外のこともやりたい」、と先に話した「空間を作る」という、制作の姿勢をあらためて話しました。また、「発表を始めた頃は絵画に加えて立体も使って表現し、再び絵画だけに戻り、現在はその間のような"絵画ありきの空間"を目指している」、と後日談として話しました。延藤氏は、「まちとアートの間をつなぐ作品ではないか」、と佐藤氏の長者町での制作に期待しています。

また、「男性からすると、女性のクローゼットを見ることが、何か官能的な感覚になり、絵の内側に吸い込まれてゆくような、見てはいけないものを見てしまったように感じる」という意見が会場から出ました。しかし、佐藤さんにとっては、「その官能性は自分の内側から出てくるものと、そうではない客観的に画面を作っていく両面があるので、鑑賞者が自由に自分の作品を見て、自分が気付いていなかった部分を引き出してくれるのは興味深い」、と話しました。

最後に、滝一株式会社（繊維問屋）の代表取締役、滝一之氏の色どりに関するお話がありました。「中世の日本の和服には襲（かさ）ね色目があり、桜の開花時期には桜色の着物を着る。しかし実際に桜が咲いたら、もうその色の着物は着ない。つまり、本物である自然には敵わないから。佐藤氏には、そういった色への配慮、奥ゆかしさがあるのかも知れない。年を重ねた時に、どのような絵を描くのか楽しみです」、と話しました。

最後に延藤氏によるまとめ。

文章の頭文字と、最後の文字をつなぎ合わせて、
逆さ読み「あいだをよそおう」→「あいだを装う　−人間と自然、具象と抽象、まちとアート、歴史と未来」。

拝戸氏が話したように、芸術祭において、そして特にまちなかの会場において、壁に掛けて見る絵画の出番は少ないと言えますが、「空間を作る」、「絵と、絵の外の空間のことを意識する」という佐藤氏の作品が、長者町でどのような景色を見せてくれるか、今から本当に楽しみです。

あいちトリエンナーレ2016をテーマにした「まちのしゃべり場」は今回でひとまず終了。3回にわたり、ご協力いただきました皆様どうもありがとうございました。これから本番に向けて、大いに盛り上がりたいと思っております。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。


長者町の毛糸屋さん「丸善商事」のお洒落な棚橋氏と佐藤氏のご対面。

（あいちトリエンナーレ2016コーディネーター　長者町担当　舟橋牧子）

今回は長者町地区でプロジェクトを展開する予定の2名のアーティスト、山田亘（やまだ こう）氏、西尾美也（にしお よしなり）氏に順番にご登壇いただき、ご自身の今までの制作について、そして長者町で展開しようとしているプロジェクトについてお話しいただきました。

続いて、あいちトリエンナーレ2016キュレーター服部浩之をモデレーターに、山田氏、西尾氏、錦二丁目「まちの会所」世話人代表・延藤安弘氏、そしてあいちトリエンナーレ2016チーフ・キュレーター拝戸雅彦が加わってのトーク。

最後は、長者町の方の貴重なお話が聞けたり、来名していた港千尋芸術監督の飛び入り登壇があったりと、和やかかつ活気にあふれた時間となりました。参加者は、月曜日ということもあり前回の約100人より少なめでしたが（約60人）、長者町関係者、事務局関係者以外に、アーティストやトリエンナーレに興味を持つ方などが多数集まりました。しゃべり場後の懇親会もたいへん賑やかでアーティストとの話もはずみ、長者町のおもてなしの心とトリエンナーレへの情熱を感じさせる時間でした。

錦二丁目まちづくり協議会会長堀田勝彦氏（あいちトリエンナーレ2016長者町会場推進チームリーダー）の挨拶から今回も始まります。

山田亘氏によるトーク

山田氏は写真を中心にしながら、媒体のもつ意味や仕組みを遊ぶアーティストです。2012年より長者町トランジットビル内にあるアートセンター [ Yojo-Han ] で活動。ここでは4人のアーティストがそれぞれの活動を行い、そのひとつとして、山田氏は写真スクール「PACell」を運営しています。

トークでは先ず、これまでの興味や関心に沿った制作についてお話しいただきました。人の存在、不在をテーマにした写真、言葉で伝えることへの興味から、参加型による制作への興味、そこでのまち、歴史との関わり、記憶ということへの興味、そして新聞取材、制作が始まります。

あいちトリエンナーレ2016に向けて、山田氏は長者町を編集部にして新聞の準備を進めていきます。岡崎や豊橋会場でも展開する予定です。

その名も「大愛知なるへそ新聞」（！！）

「大愛知」という名前は、愛知県民歌「われらが愛知」の第3番に出てくるそうです。「なるへそ新聞」というのは、山田氏が発行する新聞です。「まちは様々な記憶を持った人でできている」「変わりゆくまちの様子を新聞紙面で体現する」ことを主眼に置いた新聞で、これまでには大阪で行われた「西成なるへそ新聞」やベルリンで作られた「ベルリンなるへそ世界新聞」があります。

まちに住む人々の記憶を頼りに一般参加の記者が取材し、まちの今昔を新聞紙上にまちの風景として再現していきます。一つ一つの記事が紙面上の家や区画のように扱われ、新しい記事は古い記事を一旦切り取って（家を取り壊すイメージ）差し替えることになり、新聞記事のレイアウトがまちの地図のようなものになります。新しい記事が入る前に、古い家としての記事が取り壊された後、空き地である場面を持つことが大切で、次にどんな記事が入るのか？どんなまちになっていくのか、想像を膨らます機会として前向きに捉えます。

アーティストが主役ではなく、みんなが主役、みんなが遊べる場にしたいという山田氏の言葉が印象的でした。

西尾美也氏によるトーク

西尾氏は、装い（ファッション）とコミュニケーションの関係性に注目し、国内外でプロジェクトを展開するアーティストです。

西尾氏は小中学生の頃からファッションに興味があり、服で自己主張をしてきたそうです。そこで「おしゃれだね、かっこいいね」という周囲のリアクションがあり、ファッションがコミュニケーションのツールとなることを実感したそうですが、着飾れば着飾るほど「着飾っている人、ファッショナブルな人」として、壁ができたり、隔たりを感じたりするなど、逆に服がコミュニケーションを遮断するツールにもなっていると感じたそうです。これが西尾氏の制作を考えるうえで大切な手掛かりのひとつになっていると思います。

また、「変換、交換」という言葉も、西尾氏の作品を読み解くうえで大切でしょう。

「Self Select（セルフ・セレクト）」というプロジェクト。言葉の通じない海外で、着ている服の交換を依頼し、交換した服の姿でそれぞれの写真を撮るというものですが、服の交換だけでなく、公共空間を試着室に変えるという変換がなされました。

また、ケニアのナイロビでの滞在制作時に目にした、ケニア人が日常的に実践している「状況を変換する技術」。例えば、雨の日に傘がなければスーパーのビニール袋をかぶることから始まり、線路脇に店を並べたり、渋滞の車相手に商売を始めたりするなど、能動的に公共空間を変える技術が、西尾氏が行ってきたプロジェクトに影響を与えていると言えます。

あいちトリエンナーレ2016では、プロジェクトのひとつ「Pubrobe（パブローブ）」を中心に、愛知芸術文化センターと長者町会場で展開しようと今現在考えています。「Pubrobe」とは「パブリックなワードローブ」。ケニアのナイロビで見た、インスタレーション展示にも見える服の並び方が見事な古着のマーケットに着想を得ています。「Pubrobe」では個人の服を持ち寄り、参加者は好きに着替えることができます。大きさを変えたり、アレンジを加えたりしたければ、ミシンで服を作り変えることができます。

公共の衣装ダンス、図書館で本を借りるように服が循環します。こういったことが美術館という、制度のもと成り立つ場所で、「着替えるための場所」としてどう変換できるか、また長者町では何が起こるか楽しみです。西尾氏の、「服を着替えることが旅すること」という言葉も印象的でした。

座談会

服部キュレーターがモデレーターとなり、質問を交えながら皆様のお考えを伺いました。先ず、「まちでプロジェクトを展開すること」について両アーティストへ質問。山田氏は、「まちというのは、いろいろな人が常に行き来しているので、どこだから特別なことをするということはないし、どこで完結しているわけではない。新聞は現在進行形であり、今、出入りしている人のこと、つまり今のまちの姿を映していることが興味深い。始めてみないとわからない。」と話しました。延藤氏は山田氏の空き地の話を受けて、「長者町では現在コインパーキングが地区の14-5%を占める。空き地が8-9%になるとそのまちは死ぬと言われている。しかし今の山田氏の話で、空き地を生かすという発想が、時と共に空き地が良いものに変わる、状況を良い方に変えてゆく長者町の姿に似ていて興味深い。」と話しました。また西尾氏は「公共性というのが、日本では線引きという言葉に置き換えられると思う。美術館では、こうあるべきという暗黙の了解を転換してゆくアプローチを考えている。まちなかと言えば、そこにあるルールに従うべきという雰囲気があるだろうが、服を着ているということでは皆同じ。もちろん長者町なら繊維という特徴があるが、既に持っているもの、当たり前のものを違う風に使い、既存の状況を変えてゆきたい。」と話しました。

ここで突然延藤氏が、観客席にいらした滝一株式会社（繊維問屋）の代表取締役、滝一之氏へ話を振ります。まちづくりに熱心で、トリエンナーレや地元のアーティストへの協力を惜しまず、いつも気にかけてくださる方です。滝氏は、西尾氏の「線引き」についての印象を話しました。「長者町はこれまで繊維問屋がプライオリティを持っており、その中でもさらにヒエラルキーがあった。そして、繊維以外の人々が入ってくることを結果的に排除していた。見えない線引き、境界線があるように思う。しかし、繊維業が以前より衰退する中、外から来る人が、変わり方の方法を知らない私たちに示唆してくれる。境界をヒョイと越えて新しい価値を見つけてくれる。」と話しました。

また後日談として、「境界線は私たち繊維業界の人たちが勝手に作り上げたものなのだろう。」と話しました。

また、来名していた港芸術監督も登壇し、豪華な顔ぶれとなりました。

最後に港監督が話した「まちが生き延びるための知恵はまちの中にある。見つけられないことをまちの外からやってきた人が聞く。」という一言が印象的でした。

外からやってくる人やアーティストの介入によって、先入観を疑うことや日常が揺るがされること、そしてまちに変化が起こることを喜んで受け入れる態勢にある長者町の方々は、なかなか稀有な存在に思えました。

最後に延藤氏によるまとめ。

文章の頭文字と、最後の文字をつなぎ合わせて、
関係性創造を長者町で！（かんけいせいそうぞう　ちょうじゃまち）
なかなか複雑で高度なまとめでした。

「まちのしゃべり場」は、次回は3月24日（木）に開催され、今回と同様に長者町地区で発表する予定のアーティストに迫りたいと考えています。是非ご参加ください！

引き続きどうぞよろしくお願い申し上げます。

（あいちトリエンナーレ2016コーディネーター　長者町担当　舟橋牧子）

あいちトリエンナーレ2010、2013に引き続きまちなか会場となる長者町地区。「今回の芸術監督はどんな人？どんなアーティストが来るの？」とにわかにざわつく長者町で、先ずは錦二丁目「まちの会所」世話人代表・延藤安弘氏による復習、まちとアートのこれまでが話されました。

続いてあいちトリエンナーレ2016港千尋芸術監督によるテーマの主旨や長者町に対する想いなどのお話。最後にあいちトリエンナーレ2016チーフ・キュレーター拝戸雅彦が加わっての鼎談。熱く、触発し合う各氏の話に、およそ100名の参加者が傾聴しました。

しゃべり場後の懇親会もたいへん賑やかで、今年のあいちトリエンナーレに向けての気合いと結束の高まりを大いに感じさせる時間でした。

錦二丁目まちづくり協議会会長堀田勝彦氏（あいちトリエンナーレ2016長者町会場推進チームリーダー）による、壮快なはじめの挨拶

幻燈会（写真スライド）「ほろほろとひととまちを育むアートの力 −長者町アートまちづくりのこれまで−」延藤安弘氏

何度聞いても新鮮で楽しい延藤氏の温かく淀みない語り口。過去２回のトリエンナーレから生まれたまちとアートの注目すべき出来事を８章に分けて構成。時には困難にぶつかりながら、アーティストと市民が対話をし、まちぐるみでトリエンナーレを盛り上げた。アートが人とまちを育むことをお話しいただきました。

「虹のキャラヴァンサライ　−創造する人間の旅−」港千尋芸術監督

今回のトリエンナーレのテーマ、内容の説明からスタート。「キャラヴァンサライ」は隊商の旅の疲れを癒す宿ということで、トリエンナーレも多様な国からのアーティスト、観客をホスピタリティをもってお迎えしようと話しました。

また、「長者町」という名前に大変興味を持ち、アートのまちなか展開の好事例として「CHOJAMACHI」という言葉が世界に浸透しつつある。「わらしべ長者」からヒントを得て、例えばおしゃべりが得意な「おしゃべり長者」など、皆が何か得意な「〇〇長者」になると面白いと語りました。

鼎談「長者町創造の旅」

過去２回のトリエンナーレを知る拝戸チーフ・キュレーターも加わり、まちなかで開催するまでの経緯などを話しました。拝戸氏は過去に「３回トリエンナーレを長者町で行えばまちは変わる」と言っていたそうです。今まで長者町と話し合いを積み重ねてきたからこそ言える、なかなか深い言葉に思います。港監督はここでも長者町という名前に触れ、「CHOJAMACHI」という音、文字列やまちの色が地名の記憶と結びつく、と話しました。

参加者の質問タイムを経て最後に延藤氏によるまとめ。

いつもなら、頭文字を上から読んで文章となりますが、今回は･･･？
予想を越える、下から読みでした！（港監督もだまされた！）脱帽！
「そうぞうのたびへ（創造の旅へ）」

これから、あいちトリエンナーレ2016開催に向けて様々なことがまちに起こると思います。現代アート、アーティストという、日常とは違うこと、人との関係性なので、とまどいや無理難題もあると思いますが、皆で知恵を出し合い前向きに乗り越えていきたいと思います。

「まちのしゃべり場」は、次回は長者町地区で発表するアーティストに迫りたいと考え、目下準備中です。是非ご参加ください！今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

（あいちトリエンナーレ2016コーディネーター　長者町担当　舟橋牧子）