2019年9月3日 トリエンナーレスクール

トリエンナーレスクール第16回

創造と共生の場:美術館から保育園へ

トリエンナーレスクール vol.16『創造と共生の場:美術館から保育園へ』レポート

ゲスト:長尾朋子

今回は、これまでのトリエンナーレスクール参加者からの希望もあり、実施時間を1時間増やして行いました。レクチャー1時間半、ディスカッション1時間半の合計3時間の長丁場にも関わらず、終始エネルギーに満ちていたトリエンナーレスクールvol.16をレポートします。

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第1部:レクチャー

『創造と共生の場:美術館から保育園へ』の本題に入る前に自己紹介がありました。どんな風に考えて、なぜ美術館から保育園に、東京から鶴岡に、移ったのか。

「人生にとって大切な軸」と言うほど、長尾さんにとってダンスは大事な要素です。高校生の時は自分で振り付けて踊っていたという長尾さんは「踊っていると細胞が動いて世界と対話していて、"生きている"と感じる」と言います。感覚を開いて全身で身体や音、空間と対話して、応答的に、とどまらず、創造とコミュニケーションの連鎖によって紡がれるダンス。創造とコミュニケーションは長尾さんにとって生きる営みでもあり、「踊るように関わって、踊るように考えて、踊るように実験して、踊るように暮らしたい」と言います。そして、山形県鶴岡市の保育園に広がる光景には、全身で考え、探求して暮らす子どもたちがいて、彼らは本当に踊るように生きているのだということを発見した、と続けます。

現在山形県鶴岡市「やまのこ保育園home」園長である長尾さんが鶴岡に移住したのは2018年。それまでは上野の東京都美術館をフィールドに東京藝術大学の特任助手として働いていました。

東京都美術館は2012年のリニューアルを機に、アート・コミュニケーション事業をスタートさせ、隣接する東京藝術大学と連携しながら同事業を展開するする中で、2013年に「Museum Startあいうえの」がはじまります。子どもが初めて本と出会う「ブックスタートがあるように、「ミュージアムスタート」があったらという発想から、世界的にも珍しい9つの国立級のミュージアムが集まる上野公園全体で子どもたちの「ミュージアムスタート」を応援するプロジェクトです。長尾さんが製作に関わったプロジェクト紹介ムービーがこちら。「あいうえの」の立ち上げと運営に関わった5年間で2度の出産を経験した長尾さん。5年の任期満了を迎える折、「鶴岡に保育園をつくるが園長をやれる人を探している」と声がかかります。共働き家庭で、簡単に家族揃って引っ越せる見込みはなく、幼子2人と母子赴任をして育てながら働くイメージは最初は到底持てなかったと言います。

鶴岡で企業主導型保育所「やまのこ保育園」を新設したのは「Spiber株式会社」。持続可能な社会の実現、地球規模の課題解決に向け、原料を枯渇資源に頼らないタンパク質素材の研究開発、実用化に取り組む企業です。社員は30代が多く、経営陣も同年代。社内システムも働き方もユニークで、会社の収益や予算はすべてオープン、給料は自己宣言制だと言います。「自分と同世代の人たちが社会のために本気で取り組む姿に魅かれた」と長尾さん。子育て世代が多く、社員の1割は外国籍。自社直営で保育園を運営することは珍しいことですが、同社の文化環境室が保育事業を担い、会社の理念を体現する保育園を作ろうとしています。社員の働きやすさに繋がると同時に、"みんなのこども"を"みんなで(会社で・同僚間で)育てる"という新たな子育て観とコミュニティを作っていくことにもつながります。

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保育園は1園目が2017年9月に開園し、長尾さんが話をきいたのは10月。話を聞き、保育の社会的役割の大きさや、園の保育観、また、これからの未来を生きる子どもたちの教育を試行錯誤しながら作っていくことの可能性を感じ、ここで実験的な働き方・暮らし方を開拓してみたいと思ったそうです。2ヶ月半大いに悩み、挑戦を応援したいと言うパートナーとの幾度もの家族会議の結果、東京・鶴岡2拠点生活と母子赴任という"新たな家族の形"を決意。2園目の開園準備が始まる2018年6月、1歳・3歳の2人の子どもと長尾さんの3人での鶴岡生活がスタートしました。

「2つのアート・コミュニケーション事業」から「バイオベンチャーの2つの保育園」へ

ここで本題『創造と共生の場:美術館から保育園へ』について。

一見違う分野に進んだように見えますが、長尾さんの中ではつながっているとのこと。

美術館では、東京藝術大学の社会連携事業の特任助手として、美術館内のプロジェクトルームにデスクを置き、大学と美術館が密に連携する2つのアート・コミュニケーション事業に携わります。

1つが「とびらプロジェクト」。

「100人でつくるわたしたちの美術館」をキーワードにアート・コミュニケーター「とびラー」を一般から募集し、多様な価値観を持つとびラーと専門家が共に、アートを介してコミュニティを育むソーシャルデザインプロジェクトです。とびラーは毎年6、7倍の応募者から選考され、講座と実践を繰り返しながら任期3年にわたって活動。任期満了後は、それぞれが社会の中でアート・コミュニケータとしての活動の場を見つけていきます。ボランタリーであるものの受け身ではなく、プレイヤーとして、美術館をフィールドに主体的に働き方を生み出しながら人と人、人と作品を繋ぐ活動を展開していきます(紹介ムービー)。

もう一つは前述の「Museum Startあいうえの」。

「すべての子どもたちにミュージアム体験を」をキーワードに、9つのミュージアムが連携し、初めてのミュージアム冒険をアシストするツール製作や、子どもと大人が作品を介してフラットに学び合う鑑賞プログラムの実施、また、保護者など大人に向けたプログラムも行われています。"すべての子どもたち"が体験できるよう、学校や、障がいのある子ども、貧困家庭や児童養護施設の子どもなど、様々な状況にある子どもたちを対象に、子どもが自らの視点で楽しみ続け、学び続けられるようなラーニングデザインに取り組んでいます。例えば児童養護施設の子どもとのプログラムでは、とびラーたちが参加者一人一人に「待ってるよ」「一緒に作品をみようね」など手紙を書き、一緒にミュージアム冒険をするという状態をつくりだします。不登校など社会に居場所を見つけにくくても、美術館がコミュニティとなり、居場所になれば、困った時、辛い時、居場所がないと感じた時、美術館を選択肢の一つに入れてもらえるのではないか、という思いがあったそうです。

どちらの事業も、多様性を尊重し、様々な人々が、作品を介した対話によって個々の価値観を差し出しあいながら、新たな価値を生んでいくことが主軸にあり、ミュージアムが〈創造と共生の場〉=アート・コミュニティとなっていくことが願われています。違いを前提としたゼロからの対話や、子どもと大人のフラットな学びあいなど、ミュージアムをフィールドに様々な繋がりが生まれ、コミュニティとして育つための仕組みづくりに携わったと言います。

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Spiberにも2つの保育園があります。

「やまのこ保育園home」(0-2歳/定員19名)と2018年秋開園の「やまのこ保育園」(0-5歳/定員50名)です。

子どもたち自らが選択することを大切に、一斉保育ではなく、自身の関心で選んだあそびができる環境を作っています。年齢による横割りではなく、社会と同じように異なる年齢が混じりあう異年齢の環境で、子ども同士、真似たり真似られたりしながら学びあう。また、動きやすく環境負荷の低い布パンツを使用し、快/不快の感覚や身体の生体リズムを大切にしています。消費ではなく循環する暮らしをと、みみずコンポストを導入し、土作りからスタート。種まき、収穫、食べるまで、食を通した学びも特徴です。

「暮らしは探求の連続なんです」と長尾さん。保育者は「子どもは未知なる存在」という子ども観を共有し、正解を求めるのではなく問い続ける大人の態度を意識した「What's your idea now?」をキーワードに日々の保育をつくっています。大人とは異なる視点で物事を捉えるこどもたち。こどもの行為に対して、大人が自分の尺度で判断するのではなく、「この子からは今、どんなふうに見えているのだろう?」と子どもの視点を"問い"、自身のまなざしを都度更新していくことで、一つ一つ問いから始まり、探求を軸に保育がつくられていくことになります。やまのこ保育園では、これを〈問い駆動型〉と呼び、保護者とも"問い"を共有しようと、保育園の玄関には「問いボード」が設置されているそうです。

「What's your idea now?」が出てきたのは、保育者間での議論があったからです。やまのこ保育園では1泊2日の職員合宿を3ヶ月毎に行い、年間計画や園のあり方、保育の内容などについて対話を重ねます。対話で大事なのは、違いを前提にその人らしさを受け入れること。合宿を通して、こんなふうに考えていたんだ、と新たな一面を発見し、保育者間の関係が育まれていきます。大人が良い関係性であると、問いが循環しやすくなり、良い保育を生むといいます。大人も学んでいく、変化していくという姿勢が大切にされています。

また、保護者とも、"〇〇ちゃんのママ・パパ"ではなく互いに一人の大人としてパートナーシップを築きながら、一緒に子どもを育て、園を作っていくという意識のもと、互いをファーストネームで呼び合い、また年2回ペアレンティングクラスを開催しています。

「人は0歳からアイデアを持つ市民である」というのはレッジョ・エミリア(イタリアの一都市。先駆的な幼児教育で知られる)の考えでもありますが、子どもも大人もアイデアを持つ一人の人として関わりあい、アイデアを交わらせながら「共に暮らしを作っていく」。そういう意味で、やまのこ保育園もまさに〈創造と共生の場〉であると言えます。

美術館での取組のなか、児童養護施設の子どもたちとの出会いを経て、社会の力で子どもを育てていくことの必要性を感じていた長尾さんにとって、やまのこ保育園のあり方は一つのカタチかもしれません。そのカタチがこれからどのように変わっていくのか、子どもたちが大人になる20年後も見据えつつ、今後がとても楽しみです。

第2部 ディスカッション

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今回のディスカッションは通常よりも30分時間が長くなりました。いつもは3ターン程度だったのが5ターンできたことで、ほぼ全員と話をできたのではないでしょうか。保育士や教員など、子どもたちと普段から関わっている人の参加もありましたが、Spiberという名前に引っかかって訪れた人も。バイオテクノロジーを扱う企業がこうした活動に取り組んでいることを知って驚いていた方も少なくありませんでした。

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やまのこ保育園の取り組みを「すごい」「子どもを通わせたい」と感じる人が多い一方で、「現実的には無理」「公立の保育園では難しい」という意見も。ただ、悲観的になるのではなく少しずつできるところから視点を開いていこうと思う、と話した教育関係者もいました。また、「子どもの教育を実験的な視点で行うのはどうなのか。自分の方針が間違っていたらどうするのか」という意見もあり、議論は白熱しました。失敗だったと言われるゆとり教育も、実際にその教育を受けていた世代に聞くと、人によって評価は様々。今回のレクチャーをきっかけに、自分たちの受けてきた教育や、今の子どもたちが受けている教育について、真剣に考えて意見を交わせたのは、それぞれに意味のあることだったのではないでしょうか。大事な教育の場である「家庭」に戻って、みなさんがどんなふうに今回のレクチャーを振り返ったのかも興味深いところです。

(レポート 松村淳子)