2019年3月20日 トリエンナーレスクール

トリエンナーレスクール第13回

先端技術にとって美とは何か

トリエンナーレスクール vol.13

『先端技術にとって美とは何か』

ゲスト:江渡浩一郎

レポート

今回のトリエンナーレスクールは、世界でも先駆けて、インターネットなど最先端の技術を用いた作品を発表してきたメディアアーティストの江渡浩一郎さんをゲストに迎え、現在江渡さんが携わっている「共創プラットフォーム」にまつわる活動を中心に、先端技術と美の関係を探りました。

第1部 レクチャー

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1996年に発表した《WebHopper》は、webブラウジングの軌跡をリアルタイムに可視化した、世界で初めての例です。「webブラウジング」とは、閲覧すること、訪れることを指し、《WebHopper》では、それを世界地図上を走る赤い線や青い線によって可視化しています。アメリカ、日本、ヨーロッパ、世界中色々な場所がwebによってつながり、多くの人が仮想空間上を行き来している様子をみることができました。2001年にはインターネットで情報が伝わる仕組みを白と黒の玉を使って視覚化した《インターネット物理モデル》を制作し、日本科学未来館の常設展示となりました。

2018年には、東京ビエンナーレのプランを紹介する『WHY Tokyo Biennale? 東京ビエンナーレ2020構想展』に参加。「身の回りにある科学に気づく」ことをテーマに、文京区駒込にあった元理化学研究所の建物で行われていた「ニ号研究」のリサーチを発表しました。

作品の紹介に続き、江渡さんの研究しているテーマ「共創プラットフォーム」に話がすすみます。ユーザーとサービス提供者が一緒になってアイディアや商品を生みだしていく「共創」を促す場を、どのように創造していくことができるか、ということに興味を持っていた江渡さんは、「共創プラットフォーム」の実現のための研究を続けてきました。2018年には、産業技術総合研究所に、人に寄り添い能力を高めるシステムを研究することを目的とした「人間拡張研究センター」が発足し、江渡さんはそのなかの「共創場デザイン研究チーム」に所属しています。

2002年から産業技術総合研究所に所属し「共創プラットフォーム」の研究をしていた江渡さんが、実現に向けた調査のひとつとして活用したのが《Modulobe》(2005年)です。これは、棒のようなものを組み合わせ、動く生き物のモデルをつくることができるソフトで、制作したモデルをネットで共有し、ユーザー同士がお互いのモデルを参考にし、再利用して、また新たなモデルをつくっていくことができます。再利用のつながりをたどり、どのようなモデルが再利用されるのか、再利用されるモデルに特徴があるのかを調査し、それを視覚化しました。2008年にはYCAM(山口情報芸術センター)との共同によって、山口市内の小学校22校と連携し、1000名を超えるこどもたちが《Modulobe》を使用しました。(YCAMでの展示の様子

「共創プラットフォーム」のイメージとして最も近いのは「Wikipedia」だと言います。「Wikipedia」は「WikiWikiWeb(Wiki)」(1995年)というwebサイトを共同で編集する手法を用いています。この「Wiki」に影響を与えたのは、建築家のクリストファー・アレクザンダーの「パターン・ランゲージ」という考え方です。利用者主体の建築設計手法で、実際にその場に暮らす住民がまちづくりに携わり、それを建築家がサポートしていくものです。「心地よい」と感じる環境を分析し、200以上のパターンにまとめ、高層ビル群や近代的な都市とはいわば真逆の、人々が真に安らぎを感じることができるコミュティづくりについて提唱しています。この考え方をwebサイトの構築に応用したのが「Wiki」です。利用者と編集者の境界がなく、即座にブラウザ上で編集していくことが可能で、まさに「共創」の仕組みをとっています。しかしながら、その仕組みが実際にうまく稼働しているのは「Wikipedia」以外にはあまり例がないそうです。

ここで話は「ニコニコ動画」を利用した「ニコニコ学会β」へ。2011年から2016年まで、江渡さんを中心に行なってきた学会で、大学や企業などの専門家ではない"野生の研究者"が集まる学会です。科学や研究は専門家のためのものではない、をキーワードに、一般の人々、主婦や会社員、学生など様々な人が15分の持ち時間で自分の研究について紹介していき、その様子を「ニコニコ生放送」で放送します。通常の専門家が研究成果を発表するような学会に対し、「ニコニコ学会β」はユーザー参加型の研究プラットフォームと位置づけることができます(最後のシンポジウム第9回の学会の様子)。また、学会では毎年夏に1泊2日のサマーキャンプを実施し、研究者から大学生、高校生、中学生、投資家、アーティスト、政治家など科学に興味のある様々な人が参加します。セミナーでトピックを紹介した後、アンカンファレンス(その場でタイムテーブルをつくる、オープンな議論の場)形式でのディスカッションを行いました。(※「ニコニコ学会β」については2015年2月21日開催の「World IA Day 2015」シンポジウムレポートも参照。)

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こうした「ニコニコ学会β」での活動は、その概念を抽出し「共創型イノベーション」へと発展しました。イノベーションとは技術の"使われ方"の革新です。ユーザーとの共同によってイノベーションを起こすことが、共創型イノベーションの手法です。例えば、マウンテンバイクは、ロードバイクのユーザーが山道を走るために改良したものをメーカーが販売したことで普及しました。実際に自転車を利用している愛好者によるイノベーションです。また、医療目的だったウォシュレットが一般に普及したことでイノベーションが起こったことは、ある特定の人(障がい者など)にあわせたデザインに着目することでイノベーションが起こることを示唆しています。(参考書籍:『ユーザー・イノベーション』エリック・フォン・ヒッペル著、『インクルーシブデザイン』ジュリア・カセム著)

ヨーロッパでは「オープンイノベーション2.0」として、"産官学"の連携に"民"をプラスし、民=一般の人々、ユーザーが深く関わってイノベーションをすすめていく方法が発展してきています。日本でも、国による科学技術基本計画の第5期(2016〜2020年度)の第6章「科学技術イノベーションと社会の関係深化」の部分に、「共創」という言葉が使われるようになりました。2017年には江渡さんのチームによる「イノベーションを共創する市民参加型研究の普及啓発」が科学技術賞(理解増進部門)を受賞するなど、「共創」を核としたイノベーションの展開に注目が集まっています。

ちなみに、ともにつくっていくという言葉には共創の他に「協業」という言葉があります。

協業:多数の労働者が一つの生産過程に集って協力して労働に従事すること。

多くの人手または経営が協力して、同時にかつ計画的に同じ生産または関連する生産に従事すること。(コトバンクより)=利益をわけあうことが前提に存在する。

この「協業」に対し、「共創」では「共通善」の設定が重要な鍵になります。共通の大きな目的をしっかり設定できれば、そこに異なる様々な才能が集結して問題解決に当たることができます。また、「協業」には協調性が欠かせませんが、「共創」においては事前に協調せずに行動することが必要になると言います。大枠を決めて方向性を示しつつ、細部については作り込まず、途中生まれたアイディアなどを柔軟に取りいれながら最終目標へと進んでいきます。単一のアプローチで問題解決に向かわず、様々な方法を試し議論を重ねて実施していきます。これが「共創型イノベーション」です。

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つくば横の会」は、「ニコニコ学会β」から発展し、2015年からスタートしました。研究学園都市として発展してきた反面、横のつながりに乏しく、イノベーションを起こしていこうとした時に、それが壁となっていました。その問題を解決し、より面白い現場にしていきたいと考え、研究機関や組織の垣根を超えて、横の連携を進めるための活動をしていくことを目的としました。第1回のシンポジウムには20人程度の参加だったのが、会を重ねるごとに増え、2017年には、つくば市長も参加し、市政と密接な協力関係を築いてきました。

イノベーションを起こしていくためには次の3つが必要だといいます。

1 魅力的な場をつくること

2 魅力的なイベントをつくること

3 魅力的な条件をつくること

「1 魅力的な場をつくること」として、つくば市インキュベーション施設を2019年にリニューアルする予定があるそうです。市内の新規中小企業者などの支援及び育成を目的としていて、現在スタートアップ支援の拠点とする再整備事業も実施されています。

そして、「2 魅力的なイベントをつくること」に注力しているといい、2020年につくば市で初めてのメイカーフェア「Tsukuba Mini Maker Fair」を計画しているそうです。つくばの特徴として、科学者や研究者が集まれる場所にすることを目的に、"研究過程で目的としていた成果ではない「何かおもしろいもの」ができてしまったけど、どうにもならない"という「研究者あるある」を昇華させることができる場となる予定です。何か面白そうな"タネ"を探している投資家などと、何か面白そうなものができてしまった研究者などが出会える機会になり、そこからイノベーションが生まれていけるといいと語っています。

さらに、2014年から「未来の運動会」というスポーツを共創するイベント「スポーツハッカソン」も行なっています。ハッカソンとは、色々な人が集まってアイディアなどを出し合うことを言い、スポーツハッカソンは新しい競技やルールをつくることを言います。みんなで考えたルールや競技を実装して運動会をやってみるのが「未来の運動会」です。「未来」とつくだけあって、これまでには使われなかった新しいテクノロジー(ドローンやARなど)も使われます。YCAMでは「未来の山口の運動会」として開催され、2日間のワークショップで10個の新しい競技が生まれ、200人での大運動会が行われました。2017年にはスポーツ庁の事業として採択され、2018年の「未来の大阪の運動会」では"まちづくり"がテーマに、梅田地域で問題になっている世代間や地域間での断絶、空き家増加などについて市民が考えるきっかけとしても開催されました。また、2018年2月には会田大也さん(「あいちトリエンナーレ2019」キュレーター〔ラーニング〕)がファシリテーターとして「未来の運動会2050ワークショップ」を実施。未来について考える時、自分と遠いことのためリアリティが伴いにくいですが、わかりやすいテーマを設定することで、未来について考えやすくなります。近未来の日本の様子が、運動会という身近なテーマをきっかけに、鮮やかにイメージされていきました。

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Wikipediaやパターン・ランゲージ、ニコニコ学会βなど、さまざまな「共創」の手法をみてきましたが、技術やイノベーションは美とどのように関係しているのでしょうか。ここで、今回のテーマ「先端技術にとって美とはなにか」について思考をめぐらしました。

そもそもメディアアートの世界に江渡さんが入ったのは、世界を変える力があると感じたからでした。まだ誰も存在も知らないような頃から、インターネットを専門にしてきたのは、インターネットが世界を変えるに違いないと考えたためでした。世界をできればより良い方向に変えたいと考え、メディアアートとして発表するようになりました。《インターネット物理モデル》もそうした考えによるものでした。その後、インターネットが普及し、確かに世界は変わりましたが、良い方向に変わったかどうか、確証が持てないのが現実です。

江渡さんの「美」の根拠としているのは18世紀の哲学者カントが提唱した「判断批判」です。それに先立つ「純粋理性批判」で、カントは人間の認識がどうなっているのかを論じています。それによると、「自然科学」「道徳」「芸術」の3つのカテゴリに分けられていて、すなわち、全ての事柄はこの3つの要素を軸として捉えることができると言います。1つの事柄に対して、自然科学的な観点から見るか、芸術的な観点から見るかによって、評価がかわってきます。また、それぞれの要素は交わることなく個別に存在しています。自然科学的にみたら○○だが、芸術的観点でみると△△である、と言えることになります。ただし、そうやって判断するためにはそれぞれの根拠が必要です。自然科学に関しては、実験や実証によってそれなりに確かな根拠を得ることができます。しかし、芸術的観点、美には確固たる根拠がありません。カントは「美学的判断力の批判」のなかで美には根拠が存在するとし、その根拠は時代によって変わっていくと考えました。その根拠を塗り替えていくのが天才で、天才の出現によって時代が変わっていきます。

「結論から言うと、先端技術と美は関係ないんです」とあっけらかんと言う江渡さん。世界を変える技術があっても、それが美であるとは言えない。2つの要素は交わらないものだから。しかし、一方で全ての事柄に3つの要素が軸として存在している以上、世界を変えるような先端技術と、それが美であるということは同時に存在することができると考えられます。

「自然科学と美、2つの面を持ったものを考えていけるようなことをしたい」という江渡さんのメッセージに、これからの先端技術と美の関係に期待が高まります。

第2部 ディスカッション

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今回もワールドカフェ形式によるディスカッションを行いました。どのテーブルのメモにも「共創」というキーワードが書き留められ、興味をそそられた様子がよくわかりました。「あいちトリエンナーレ2019」の開催年になったこともあり、「あいちトリエンナーレを共創していくには」というテーマで議論したテーブルも少なくありませんでした。ボランティアを経験された方や、これまで観覧に来たことがある方など、それぞれがどのようにトリエンナーレに関わってきたか、関わっていくことができるのか、実体験も混ぜながら色々な可能性を探りました。

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開催日が近づくにつれ、ディスカッションでの内容もトリエンナーレに関する具体的なポイントが出されるようになってきました。このままの流れで次回のスクールも盛り上がっていければと思います!

(レポート:松村淳子、写真:あい撮りカメラ部)