2019年1月30日 トリエンナーレスクール
トリエンナーレスクール第11回
アートが、ビジネスに対して出来ること
2018年12月16日(日)
トリエンナーレスクールvol.11『アートが、ビジネスに対して出来ること』
2018年最後のトリエンナーレスクールは、ビジネスの分野から孫泰蔵さんをゲストに、アーティストの視点にフォーカスしながら、新しいビジネスのあり方について、トークが広がりました。
「今回のテーマで話をしたことがないので、どうしようかと思って、すごく難しいですね」と苦笑いし、どうしようかなと言いながらスタートしましたが、もともとアートが好きだという孫さんは自身でもコレクションをされていて、好きなアーティストや所蔵している作品、コレクターについてなどに話を広げ、今回の進行役である会田大也さん(あいちトリエンナーレ2019[ラーニング]キュレーター)と一緒に活動している『VIVITA』へと軽やかにつながっていき、あっというまに1時間が経ちました。
第1部:レクチャー
学生時代にインターネットが登場し、すごい衝撃を受けたという孫さんは、Yahoo! JAPANの検索エンジンシステムを構築する仕事に関わったことで、自身で会社を立ち上げ、ビジネスマンとしてスタートすることになりました。これまでに数多くの会社を立ち上げ、孫さんは現在「Mistletoe」(http://mistletoe.co/)に関わっています。
「Mistletoe」は、新しい技術によって世界をガラッと変えていくようなことを考えているベンチャー企業を応援することをミッションにしています。資金だけでなく、共同での技術開発や、営業に必要なノウハウ、実績づくりなど、スタートアップ(起業、立ち上げ)のステージにいる人たちに必要なさまざまなリソースをできる限り提供し、その活動を支援しています。
実際にどのような活動を支援してきたのか、2つの例を紹介してもらいました。1つ目は、「Zipline」(http://www.flyzipline.com)という、Kelly Rinaudさんがたちあげたベンチャー企業。従来のドローンに比べ、より早いスピードでより長距離を飛ぶことができる、AIを搭載した無人飛行機で物資を運びます。最初はアメリカでの実用化を目指していましたが、法的な制限が厳しく、飛行機を飛ばすことができず、スポンサーがつかず実現しませんでした。しかし現在、アフリカのルワンダとタンザニアで実用化され、様々な物資を運び、日々多くの人々を救っています。この飛行機は、気流を探しながら進むことで、200km以上飛行することができ、天候に左右されず、ピンポイントで荷を届けることができます。内戦などで生活インフラが遮断されてしまっているルワンダでは、陸路では病院や傷病人がいる場所まで時間がかかりすぎ、救助を断念せざるを得ない状態でしたが、Ziplineではわずか15分で必要な物資を届けることもできます。搭載されたAIで、気候データや地形データを読み込み、1日に30万回を超えるシミュレーションをすることで、確実に到達できる飛行ルートを算出しています。シミュレーションでは何度も失敗するそうですが、それを繰り返すことで学習し、精度があがっていくといいます。(紹介動画はこちら→https://youtu.be/0vPcjVTX3Lc)
2つ目は日本人によるベンチャー企業「WOTA」(https://wota.co.jp)です。フィルターの入ったボックスで水をろ過することで、水を半永久的に循環させて使うことができるというものです。冷蔵庫くらいのサイズだったプロトタイプから、現在ではスーツケースサイズで持ち運び可能なサイズにまでなっています。水を循環させる時に重要になってくるのはフィルターですが、目の細かいものを使えばいいというわけではありません。例えば、シャワーに使った水を考えた場合、シャンプーやリンス、石鹸、皮脂やホコリといった汚れなど、様々なものが混じっています。それぞれ、適したフィルターは異なります。このプロダクトでは、AIを搭載することで、水の成分を分析し、より適切なフィルターを選ぶことで、高精度な水のろ過を可能にしています。この点がもっとも特徴的で重要なポイントです。バーニングマンという、アメリカのネバダ州の砂漠の真ん中で開催されているアートフェスティバルに参加し、無償でシャワーを提供し、すごい行列だったとか(ライフラインが皆無なので、水はかなり貴重で、お風呂に入れる人はほとんどいない!WOTAのfacebookページのカバー写真がその画像です:2018.12.21現在)。
「儲かるように高性能のフィルターをつくって売る、というのがビジネスマンとしての考え方では一般的だと思うし、儲かると思うけど、そうしないところがいい」と孫さん。最初のアイディアをつきつめて、本質的にはどういうことなのか、クリティカル・シンキング(批判的思考、最適解をみつける思考)を続けていくことで、必要な技術がみえてきて、優先順位が組み変わっていく。これは、通常のビジネスロジックとは異なり、アートプロジェクトのようだと孫さんは言います。ビジネスロジックではなく、それをアートプロジェクトまでもっていくことができないか、それができたら、新しい「売れ線」になるかもしれない、と続けます。
ここで、孫さんの好きなアーティスト、自身がコレクションしている作品に話がうつります。「投資家や金融業界など、同業者とだけ話しているとつまらないんですよね。金儲けとか、そんなことばかりで。時代を切り拓こうとか、違う視点を持って社会をみてみるとか、そういうのがなくて。」という孫さんは、アーティストと話をしたり、作品をみることで、大きな刺激を受けていると言います。さらに、アーティストの考え方や視点は、すごいビジョンを持った企業家と似ていて、ずっと先の将来に、みんなの共通認識になるようなことを、何十年も前にハッと気がついて、掘り下げる、そんなところがいいな、と思っているそうです。
杉本博司の《Theaters》は、古い映画館を撮影した作品のシリーズです。じっくりとリサーチを重ね、必要があれば修復し、その映画館につながりの深い映画を上映し、その間シャッターを開けた状態で撮影しています。シャッターを開けているので、作品の中のスクリーンは白くなっていますが、そこには確かに映画の全てが写っていると言えます。《sea scape》は海と空を撮影しているシリーズで、高解像度で撮影され、細かい波までよくみることができます。骨董家からスタートし、修復の技術や日本美術を学んだのち、コンテンポラリーアートの世界に入った杉本博司だからこその作品が、孫さんの興味をそそるそうです。
続いて、大好きなアーティストの一人だという、ゲルハルト・リヒター。 《Reader》は、読み物をしている女性の背後を描いています。写真をOHPで大きく写し、それを油彩画にしていきますが、スーパーリアリズムではなく、写真の"ボケ"感を絵筆で表現している点に特異性があります。絵画の世界に一石を投じるつもりで描いていると思う、という孫さんは「これ、おしゃれなんですよね。まるでインスタとかで使う、フィルター加工をしたみたいじゃないですか」とやや興奮して、「でも、私たちがフィルター加工をしておしゃれっぽい、って思うってなんだろう。」と投げかけます。教科書にリヒターの作品が掲載され、それをみて勉強するカメラマンなどがいて、その人たちが作品をつくったとき、例えばリヒターのような色相を使ったら「いいね」と共感が広がって、それをみた人たちが「かっこいい、オシャレ」と思うことで、ある一定の基準のようなものが生まれていく。そう考えると、例えば現在のインスタグラムで使われるフィルター加工の色相が、リヒターから始まってると思えて面白いといいます。
さらに、他にも。《Mirror》のシリーズは、ただ画面全体を1色で塗っただけの作品です。並べると、黒から灰色へのグラデーションがみえてきます。これは、「創作とは何か」という点にフォーカスしています。「自分の手を動かして描いたりつくったりすることが創作なのか、というと、それも誰かや何かに影響されてしているわけだけだから、完全にゼロからつくっているわけじゃない、じゃあ、創作とは何か。」孫さんは、出始めのころはオリジナルじゃない、創作活動ではないと言われていたDJを例に、10年以上経った現在は同じようなことを言う人もほとんどいなくなったことを指摘し、コピー&ペーストで何がいけないのか、"創作"をどう捉えるか、その認識や考え方が絶えず変化していることに言及しました。
もう一人孫さんが紹介したのは、ジェフ・クーンズ。孫さんがコレクションしているのは《Balloon Venus》という作品で、風船でできたような見た目ですが、実際は金属でとても硬質なものです。ドン・ペリニヨンとコラボし、お腹のところにボトルを収納できるようになっているそう。この作品は、およそ2万4千年前のビーナス像「ヴィレンドルフのビーナ」から着想を得ていると言います。この《Balloon Venus》とリヒターの《Mirror》が孫さんの家では向かい合わせで飾られています。
ここまで紹介された作品、作家に共通しているのは、歴史の文脈を理解し、意識しつつ全く新しい概念をみせているところです。孫さんもそういう人でありたいと言います。そのためのモチベーションや刺激を作品をみることで感じられると言います。誰に言われたり叱られたりするよりも、「マジすごい」「おれもがんばろう!」と思えるそうです。そんなことを毎日感じることができるように、少しずつ作品をコレクションしているそうです。
自身がコレクションをするようになって、コレクター自体にも興味を持ち始めたという孫さんから、3名のコレクターを紹介いただきました。
ヘンリー・クレイ・フリックは、アメリカで鉄鋼業で財をなしました。新しい国として文化が未熟だったアメリカのため、他の多くの富裕層と同じく、フリックもさまざまな美術作品を収集しました。現在は、邸宅を美術館にし、そのコレクションを公開しています。このフリック・コレクション(https://www.frick.org)はニューヨークにあり、フェルメールの作品を所蔵していることで有名です。その話を聞いてふらりと訪れたという孫さんですが、かつてのリビングルームで暖炉のある部屋で衝撃を受けます(https://www.flickr.com/photos/quadralectics/6587971919)。建物は、外観だけでなく室内の設えや位置などもほとんどが当時のままだと言い、その部屋には暖炉の前に椅子が置かれていて、そこがフリックの定位置だったそうです。椅子に座った正面、暖炉の上にはエル・グレコの《聖ジェローム(ヒエロニムス)》、その両脇には中世イギリスの政治家トマス・クロムウェルと、トマス・モアの肖像画が飾られています。孫さんは「疲れて帰ってきた時に、癒されそうな風景画とか綺麗な女性の肖像画とかじゃなくて、こんなおじさんの厳しい顔の絵を見たいと思って飾ってるってわかって、すごいなと思った」、日常の中で常に内省しようとするその姿勢に「ガビーン」となったと言います。
ペギー・グッゲンハイムは、ユニークな建築で知られるニューヨークのグッゲンハイム美術館を建てた、ソロモン・R・グッゲンハイムの娘にあたります。彼女はイタリアのベネチアに邸宅を持っていて、現在はそのコレクションを紹介する美術館「ペギー・グッゲンハイム・コレクション」(http://www.guggenheim-venice.it/default.html)になっています。今年(2018年)、『ペギー・グッゲンハイム アートに恋した大富豪』という映画も発表され、その自由奔放な生き様とアートへ捧げた情熱に注目が集まっています。彼女は、まだ無名な若手アーティストの作品を収集することで、若手アーティストの育成に大きな力を注ぎました。その中には、ピカソ、ミロ、モンドリアン、シャガール、カンディンスキーなど、今では巨匠と言われるようなアーティストが名前を連ねています。孫さんがさらに「ハンパねえ」と感心するのが、「収集しているのがすべていい作品だ」ということ。当時全く無名のアーティストの作品の中で、後世でも価値を持ち続けるような優良な作品を選ぶ目利きぶりと、そうした作品に出会うまでに膨大な作品と出会い購入してきたということに、かっこよさを感じると言います。
そして、フランソワ・ピノー。アート界に最も影響を及ぼした1人とも言われている財界人です。イタリアのベネチアにある17世紀の建物を安藤忠雄がリノベーションし、2009年に「プンタ・デラ・ドガーナ」(https://www.palazzograssi.it)という美術館をオープンさせました。最もホットなコンテンポラリーアートを並べる、というコンセプトで、現代美術を強化する役割を担うことを考えてつくったのではないか、という孫さん。自身もコレクションをすることで、そうした一端を担えるといいなと考えているそうです。
コレクターが自身の希望を叶えるだけではなく、後世のことを考えてコレクションする、育成のことを考えているということから、話は孫さんと今回進行役の会田さんが一緒に活動している『VIVITA』へ。
子どもが教育を受けるのは「義務」ではなく「権利」という孫さん。AIの進化が注目を集め始めている昨今ですが、孫さん曰く、世間に知られているよりも実際はもっともっと進化していると言います。AIにいつか人がとって変わられるのでは、という噂話も面白半分にされていますが、孫さんはその点に現実的な危機感を持っています。人はどんな変化にも対応できる適応力を持っていますが、急速な変化にはついていけません。20年かけた変化であれば、その間に適応することができますが、数年で起こる劇的な変化にはほとんどの人がついていくことができません。AIのもたらそうとしている変化は、まさにその劇的な変化になり得ます。しかし、現在の教育では、AIにとって変わられるような能力の教育しかしていないと言います。このままでは近い将来、変化についていけず取り残される人が大量に出て、社会不安が広がるかもしれません。
孫さんは、会田さんとVIVITAについて話している中で出てきた「the world is programmable」=社会はプログラム可能である、という言葉に、今一番影響を受けていると言います。「明日死ぬんだとして、子どもへの最後の一言はこの言葉にするって決めてるんです。」親は子どもに幸せに生きて欲しいと思っています。そのためには、「自分が自分の人生を生きているという実感を持つ」ことが必要だと孫さんは言います。何かをしたら、なんとかなるという自信や思いを持つということでもあります。それを実感できる場として考えられたのが『VIVITA』です。
千葉県の柏市に「VIVISTOP」という、ものづくりが自由にできるスペースがつくられています。カリキュラムや先生はなく、誰でも無料でいろいろなものをつくることができます。子どもたちはワークショップに参加して道具の使い方を知り、自分がつくりたいものについてプレゼンをします。そのプレゼンをみて、必要な道具や材料が足りなければそろえたり、できる限りの手助けをするなど、大人はサポートに徹します。様々な分野の専門家がボランティアでサポートもしていて、例えばトヨタのエンジニアとビデオ通話でつないで駆動部分の相談をするなど、アイディアをそのままで終わらせない「ガチで実装する」ことを目指して、全員が力を尽くします。
そのなかで、子どもたちから様々なアイディアが生まれていきます。ロボコンもその1つで、多くの子どもたちがロボットをつくる傾向があることから、 「VIVITAロボコン」をすることになり、その運営も全て子どもたちが担い、大人たちは力仕事をしたり、「雑用係だよね」と孫さん。またある時は、地元のお祭りと連携して、ジェットコースターをつくりたいと言い出したこともありました。大人だと思いつくこともなさそうなアイディアですが、中心となった子どもは自信いっぱいで、大工さんと協力しながら図面を引いて、夜通しで組み立ても行い、ジェットコースターKAZEKIRIが完成しました。お祭り当日は多くの子どもから大人までがコースターを楽しんだそうです。
こうした経験をとおして、子どもたちには成功体験が積み重なり、なんとかできるという自信がついていきます。それは、自分の力で何かを変えていくことができるという思いにもつながっていきます。「とは言っても、変えられると思えるリアリティを、今の世の中で感じることって難しい」とも孫さんは言います。だからこそ、リミットをつくらず、なんとかしてやってみよう!というスタンスを持つVIVITAは大事な拠点だと言えます。
「ビジネスって制約ゲームなんですよね」と孫さん。資金や人材や時間など様々な限られたリソースを、ルールのなかでいかにうまく回していくかというゲーム。ただ、そのルールがこの10年くらいの間でだいぶ変わってきている雰囲気があると言います。売れにくくなったりとか、予想もしなかったものが流行ったり売れたりしてきている。ルールに縛られない、制約を制約だと思っていないところに、成功のヒントがあるのでは、と孫さんは話します。
例えば、最初に例として登場した「Zipline」はアメリカでは規制が多く飛行することができませんでしたが、アフリカで大きな成果を出しました。それが国連など世界的な会議の場などで紹介されたことで、アメリカでは近々飛行条件に関する規制が改定され、「Zipline」が使用できるようになるそうです。また、資金調達にも成功し、およそ400億円を集め、世界進出することになりました。1つのアイディアが世界を動かした一例と言えます。
「VIVITAにはビジネスモデルがないんです」と笑う、孫さんと会田さん。ビジネスモデル=売り上げや利益をあげるための戦略・仕組みを考えずに、絶対にこれが必要だ、やってみたい、と思ってやり抜いたところに、必ず光が当たると言います。全く新しい価値を見出す、アーティスティックな行為そのものが、新しいビジネスの成功モデルになっていくのではないか、というところで、レクチャーが終了しました。
第2部:ディスカッション
今回も、恒例のワールドカフェ方式のディスカッションを行いました。ビジネス関係で興味を持って、今回参加したという方も多く、常連となったアートファンの方々にとっても、お互い刺激的なディスカッションになったようです。
起業することについてや、アートとビジネスの関係についてなど、活発な議論が生まれましたが、実は、このディスカッションが終わった後もその熱は冷めませんでした。会場に残っていた方から教育に関する質問を受けた孫さんが、即席のレクチャーをしてくださり、10名ほどのまるで青空教室のような場面が生まれました。「教育は大事な話だから」と孫さん。熱心な様子で質問されるみなさんに、資料をみせながら具体的に説明し、真剣に答えてくださいました。その様子は、人々が集まり共に学び考える場所「コ・エデュケーション」を掲げる、トリエンナーレスクールの会場でもある「アートラボあいち」にとって、1つの目指すべき姿のようにも見えました。(レポーター:松村淳子)