2018年11月21日 トリエンナーレスクール

トリエンナーレスクール第8回

ふるまいをデザインする建築家

2018年9月16日(土)
トリエンナーレスクール vol.08
「ふるまいをデザインする建築家」
ゲスト:遠藤幹子(建築家)

第8回目となった今回のトリエンナーレスクールでは、建築家の遠藤幹子さんをゲストにお迎えし、アフリカのザンビアで行なったプロジェクトから、「みんなが成長できる、創造力を育むことができる場づくり」をとおして、どのように人をエンパワー(Empower、能力を高める、自立する)していくかをトークしていただきました。
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第1部:レクチャー「ふるまいをデザインする建築家」

遠藤さんにとって考え方の転機となったオランダでの経験から話がスタートしました。
オランダで結婚、子育てを経験した遠藤さんにとってオランダの暮らしはすごく快適だったそうで、なかでも、市民が公共的な施設のデザイン設計や運営に参加していたのが印象的だったそうです。帰国後、そんなふうにみんなで関わることができる場をつくろうと、設計事務所を立ち上げ、2013年に「マザー・アーキテクチュア」(http://mother-architecture.org)として法人化しました。子どもが育つための場所、創造力を引き出すための場所をデザインしたいというのがはじまりで、地域の人と一緒に公園やカフェをつくって運営にも関わるなどさまざまな活動を行いました。
遠藤さんが目指すのは「プロ市民」が育つこと。専門家に発注して完成品を受け取るのではなく、自分で考え、動き、つくっていき、社会の礎の1つとして、世の中をよくしていくことができるという自信を持つこと。
その具体的な例として、アフリカのザンビアで行った「マタニティハウスプロジェクト」(http://mother-architecture.org/maternity-house/)を紹介していただきました。まずは、そのPVを鑑賞(HPからみることができます→http://mother-architecture.org/2015/08/4429/)。わかりやすくプロジェクトの概要がまとめられていて、遠藤さんのインタビューをみることもできます。
現地を支援するNGOの依頼を受け、視察旅行で訪れたザンビアは、サバンナが広がるぼくとつとした人々が生活する場所でした。特に農村地域では自給自足が基本で、建物も土を掘るところからレンガをつくり積み上げるまで自分たちで行うそうです。そんな「生きる能力」を持った彼らの生活に印象を受けたのが2008年、そして2度目の2011年の訪問の帰国後すぐに東北の震災がありました。その震災で感じたのはある危機感。生きていくため、よりよく暮らしていくために、自分たちで何かをつくり出す能力が、都市部に暮らす人ほどなくなってきているのではないか。それが1つのモチベーションにもなったと言います。そして、同じ年、ザンビアでの妊産婦のためのプロジェクトを、JOICEP(公益財団法人ジョイセフ:https://www.joicfp.or.jp/jpn/profile/outline/)と共同で行うことになり、遠藤さんは建築家として参加します。
ザンビアでは都市部にしか医療機関や、福祉施設がなく、多くの農村地域や集落からは何時間も離れています。そのため、自宅出産するケースが多く、妊産婦の死亡率は日本の40倍にものぼります。これは単に人が一人亡くなるということだけではなく、母親が死亡してしまうことで、幼い子どもがかわりに育児や家事をしなくてはならず、学校に行けなかったり、そのために貧困から抜け出せない負のループが生まれたり、といったように問題が連鎖していきます。そのために、国際的にも妊産婦の死亡率を減らすことが重要課題として取り扱われています。
「マタニティハウスプロジェクト」は、出産準備と出産のための施設の設置と、その運営について、技術の継承を目的に行われました。現在までに6つの施設が誕生しているということですが、地域の人々が自分たちで運営できるようになるため、段階を踏んで活動を進めていったそうです。
地元のボランティア団体SMAG(母子保健推進員)のメンバーを人的な資源とすることを前提としてプロジェクトが進められました。彼らは、医療機関に対して不安や誤解などを抱いている村々をまわり、検診をすすめ、正しい知識を伝えるなど啓発活動に携わっています。施設の設計から設置、運営までを最終的にはこのSMAGのメンバーが担えるようになることが目標です。
第1号のハウスでは、設計は遠藤さんが担当し、施設の仕上げ(外壁などの装飾)をSMAGメンバーと行いました。ザンビアの村で遠藤さんが「いいなぁ」と感じたのが、村にある大きな樹の下で行われていた乳幼児健診。日本と違って、みんなでわいわい話しながらの健診がとても素敵だったそう。そんなハウスを目指しながら、日本企業の援助を受けての活動でしたが、限られた予算の中、すでにあるものを活用して施設を設計しました。日本などからの支援物資を運んできて用済みになったコンテナがたくさんあったそうで、それをリノベーションします。加工はザンビアの工務店で行い、村まで運んで設置します。
いかにもコンテナらしい外観にペンキを塗り、周りに生えていた葉っぱをちぎってペンキを塗り、壁にスタンプして装飾しました。また、第1号のときには支援(寄付)者の氏名をローマ字で壁に書いたり、その様子を近所の子どもたちがみにきて一緒に参加したり、設置する村の人が一緒に仕上げを行いました。そんな楽しそうな雰囲気に誘われて、完成式典には非常に多くの人が集まったそうで、ちょっとしたフェスのようだったとか。医療に懐疑的だった人たちも、その様子から不安を感じることなく、気軽に施設を訪れるようになったそう。第1号の完成までのレポート(https://www.joicfp.or.jp/jpn/2011/06/24/17838/)と、動画(https://youtu.be/tSShHi28xYI)がインターネット上で公開されています。

第2号では、SMAGのメンバーの関わりがもう少し深くなります。今回もリノベーションしたコンテナの外壁をみんなで装飾して仕上げますが、その案出しをSMAGのメンバーに任せました。どのようなデザインにするか話し合ってもらった結果、ハウスの役割や妊娠したときにすべきこと、家族の役割など、教訓やマニュアルのようなことを文字とイラストで描くことになりました。壁に大きな絵を描くのは想像以上に大変で、輪郭を描くときはそれに必要な色と筆だけを渡し、色を塗る時も小さめのパレットで色がぐちゃぐちゃにならないようにしたりと、影からコントロールしつつ、参加した人たちが自分たちでつくりあげた達成感が出るようにナビゲートしていったそうです。

また、ガイドブック(http://mother-architecture.org/2016/03/4712/)の作成も行いました。ガイドブックにはプロジェクトをデザインしていく流れやポイントが書かれていますが、設計を考えるワークショップの時のように口頭で伝える文化が根付いているザンビアでは、歌にして伝えるのも面白いのでは、と考え、ワークショップをして、歌と踊りもつくりました。

第3号では、設計もSMAG主導で、設置する村の人と考えることになりました。模型を作る簡単なキットを用意し、切り貼りして考えます。入り口の位置や、プライバシーを守るために必要なこと、衛生的に大事なことなど、施設として最低限必要なことを伝えると、メモもとらないのにそれらをきちんと踏まえた模型が出来上がったそうです。そうしたワークショップを経て、施設を設計し、仕上げもみんなで考えて行いました。

地元の人がファシリテーターとなり、「先生」ではなく「身近な先輩」であることで、自由さや、やる気を出すことにつながっていきました。また、ファシリテーター自身が経験者でもあるので、初めてで不安に思う人にも自分の経験からアドバイスすることができ、私でもやれる、という勇気や自信を与えることができるようになっていたといいます。
4号目以降は、すべてをSMAGのメンバーに託し、より自由さも広がっているそうです。5号目のハウスは、1〜4号の評判を聞いてハウスの設置を希望したものの、支援対象になれなかった村が、プロセスなどを聞いて、資金も自分たちで集め、古い倉庫をリノベーションして設置したそうです。自分たちで必要性を感じ、調べて、資金を工面し、自分たちでつくる、というところまで活動が広がっていることに驚きました。6号目はほぼ完全に手離れし、完成後に出来上がったのを確認しに行っただけでした。
このプロジェクトに参加した人たちに対するアンケートでは、ハウスが自分たちのものであるという強い意識と責任感が芽生えたという意見が多く、運営資金の足しになるように作物をつくりはじめたり、壁の装飾をしたことがきっかけでイラストの仕事で収入を得ることができた女性がいたり、自信をつけ、自分たちの新しい可能性が広がった様子が伝わりました。
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マタニティハウスプロジェクトのミッション
・限られた予算内で迅速に多くの村で施設を建設する
・施設運営の担い手となるSMAGの「オーナーシップ」を高める
・施設の存在と施設分娩の必要性を地域に周知する
・国内、海外からの賛同者や協力者を増やす
・将来的に、日本人の技術者なしでプロジェクトが持続するように、SMAGや地域関係者、現地NGOをエンパワーする

このミッションを完遂するために、遠藤さんたちがしたこと
・だれもが、思わず○○したくなる仕掛け
・みんなの力がないと出来上がらない(達成できない)構造
・どんな人でもその人なりの力を発揮できる仕組み

こうした仕組みや構造の中で活動することで
・個人の成長を促す
・躊躇する自分から、積極的に参加する自分へ
・傍観者から貢献者へ

・立役者意識、「自分ごと意識」の醸成
・「オーナーシップ」が生まれる
・その場を守ろう、大切にしよう、という意識の芽生え=継続的な参加

組織の成長につながり、他のコミュニティへも伝播していく

このプロジェクトをとおし自分がしていたことは、『「ヒロイズム」による「オーナーシップ」の加速』だと遠藤さんが説明します。
SMAGのファシリテーターのように、身近な先輩=身近な英雄への憧れを利用して、主体的な参加者を誘発し、モチベーションを高めることで、不安や恐怖などを乗り越えて成長させることができるといいます。楽しく気軽に参加できることからはじまり、困難な課題にも挑戦させる流れをつくり、専門領域へも活動が広がっていきます。ただし、素人でもできる「遊び」を残し、参加者の独創性が発揮されるようにします。そのようにデザインされた活動に挑戦することを、身近な先輩(英雄、ピア・アドバイザー)が手助けし、応援していくことで、英雄が増えていきます。
短く感じた1時間でしたが、人が成長していく場をデザインすることについて、じっくりと考えを巡らすことができました。

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第2部のディスカッションでは、いつものようにワールドカフェ形式で、自由に考えたことや感想を話し合いました。ゲストの遠藤さんも加わって、「オーナーシップ」「身近な先輩」「ボランティア」「あいちトリエンナーレ」などを主なキーワードに話が広がりました。
参加者の中にはあいちトリエンナーレなどでボランティアとして参加した方も少なくなく、オーナーシップについて、どう育むのか、どのように自分ごとになっていくのか、どうやったら来場者にもオーナーシップを感じてもらえるのか、など活発な意見が出ました。