2018年8月17日 トリエンナーレスクール

トリエンナーレスクール 第5回

テクノロジーと幸福は比例するか?

2018年6月17日(日)トリエンナーレスクール・レポート

毎回、アートの分野だけに限らず、様々な領域で活躍されているゲストをお招きし、トークとディスカッションを通して、考え方や学び方を発見していくトリエンナーレスクールは、「あいちトリエンナーレ2019」に向け、今回で5回目の開催となりました。
顔なじみになった方も増えつつ、毎回新しく参加する方もあり、多種多様な年齢、性別、興味関心を持った人との交流の機会が広がっています。

〈概要〉
あいちトリエンナーレ2019 トリエンナーレスクール vol.5
2018年6月17日(日)14:00-16:00
『テクノロジーと幸福は比例するか?』
ゲスト:ドミニク・チェンさん
進 行 :会田大也(あいだ だいや)さん


〈第1部:レクチャー〉
●コミュニケーションツールが人を元気にする
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今回のゲスト、ドミニクさんはこれまで様々な活動をされてきました。会社を興したり、作品を発表したり、現在は大学に身を置き、研究活動に力をいれられているそうです。
会社にいたときは、コミュニケーションのツールをデザインするということを10年近く行ってきました。その一つとして紹介されたのが「リグレト」というコミュニケーションサービス。ガラケー時代のソフトですが、ネットで検索してみると当時、一部のユーザーから熱烈に支持されていた様子がわかります。現在はサービス提供が終了してしまい、その様子をみることができないのですが(残念!でも検索してみることをおすすめします!)、簡単に言えば掲示板によるコミュニケーションアプリです。普通の掲示板と違うのが、その使用方法。
1.完全匿名制(ニックネームなどもつけない)
2.ヘコんだことや後悔していることを書き込む
3.他のユーザーは書き込みに対して励ます
4.書き込みに「ありがとう」ボタンを押す
5.書き込みが"成仏"する(書き込みの吹き出しがフワーッと上部に浮かんで消える)
という、かなりユニークなものです。
最初はあまりシリアスに考えていなかったそうですが、実際に「元気が出た」「泣けるほど嬉しかった」「情報社会に必要なインフラだと思う」といったユーザーの声があり、情報技術を使って人の心を元気づけることができるのではないか、という発見がありました。
情報技術というものが、お金儲け(広告をいかに見せるか)ではなく、人々の心と密接に関係がある、ということに最初に気がついた事例となりました。最近は復活も考えているとか。ぜひ復活をまっています!

2015年にAppleベストアプリに選ばれた「picsee」を開発します。これも現在はサービスが終了していますが、家族や友達などとつくるグループに入って、シャッターボタンを押すと、写真がそのまま送られて、その上でチャットがオープンになるというもの。
2016年にもApple ベストアプリに「シンクル」が選ばれます。
(現在も利用可能:https://itunes.apple.com/jp/app/シンクル-気軽に趣味友だちとトークしよう/id1016332071?mt=8))
攻撃や拒否、非難が怖いという理由で、アカウントを複数所有して使い分けている人がいますが、「シンクル」は完全匿名制にすることで、ニッチな少数派な好みの共感の場として、活用されています。

多くのプロジェクトやソフトウェアを開発してきたドミニクさんですが、なかでも興味深かったのが「Type Trace」という、コンピュータ上のタイピング行為を時間情報とあわせて記録し、再生できるソフトウェア。2007年に東京都写真美術館で開催された「文学の触覚展」で、《タイプトレース道――舞城王太郎之巻》として発表されました。
小説家の舞城王太郎氏に新作執筆を依頼し、そのタイプを記録し、会場に設置されたタイプライターが独りでに動いてスクリーンにタイピングが映し出されます。
平成29年度文化庁メディア芸術祭審査員会推薦作品)、タイピングのリズムや、タイプミス、考え直しなど、様々な状態が現れてきます。会場で熱心に見入っている来場者に、「どうしてそんなに熱心にみているんですか」と声をかけると、「まるでそこに舞城さんがいるみたいで」という返事が。
存在を感じようとする来場者の姿にヒントを得て、実際存在を感じられるのではと、最近ではweb上に「Type Trace」を広げた実験を開始しました。まだ検証中ということですが、「Type Trace」を使ったチャットを利用したほうが、お互いの共感や情動の伝染が起こりやすく、よりポジティブなコミュニケーションが生まれるという実験結果が得られているそうです。
個人的には冷たい機械的な印象しかなかった、メディアやテクノロジーが、ドミニクさんのお話を聞くうちに、なんだかあたたかいものなのかも、と思い始めてきました。

●「well-being」について
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「well-being」という言葉は、2018年のGoogleのカンファレンスなどでも言及され、世界で注目を浴びつつある言葉です。WHO(世界保健機関)では、身体、精神、社会(関係性)の3つのバランスが良好であることによって、健やかに生きることができる良好な状態を「well-being」と定義しています。身体だけ、精神だけでは健康であるとは言えないわけです。
先進諸国での調査では、年々GDPは右肩上がりになっていくのに比べ、「well-being」(人生の満足度)の度合いに関しては、大戦の時期をのぞいて、ほぼ横ばい傾向がみられます。つまり、世界中で社会の開発が進み、インフラが整えられ、豊かになっているはずなのに、精神面の充足は思ったより得られていないということです。
20世紀後半になると、さまざまな理論が生まれ、いかに「well-being」を築き上げるかが論じられてきました。情報技術をうまく使うことによって、世界に「well-being」の方法を広める、心の充足度合いを上げていこうという動きが出てきています。この10年程でとくにアメリカを中心に議論が活発化しています。
ここで、「Happiness」(幸福)と「well-being」の違いを確認。幸福は0から100までというように、単線的で一方向指数であることに対し、「well-being」は複数の構成要素で成り立っていると考えるところに特徴があります。例えば、人生の意味、人間関係、達成感、没頭することがあるかなど、自分の心の充実がどのように構成されているかを考える学問であると言えます。
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●Facebookの変化からみえてくること。
現在はまさに「情報の海」状態です。平成21年度の調査で、すでに社会全体で提供している情報量が、全体が受入れられる量の倍以上になっているというデータもあるそうです。その中では、いかに人々の注意を引くか、という経済競争が繰り広げられています。いかに注意を争奪するか、というメディアが持っている性格は実に100年以上にわたりますが、インターネットによってより増長されているというのが現状です。平均でスマホを1日で見ている長さは250分、ヘビーユーザーになるとその倍の長さにもなるというのは純粋な驚きです。
スタンフォード大学には「説得的テクノロジー」という分野があり、利用者の行動を上手く誘導することを学ぶそうです。ここの卒業生がFacebookなどで働いていて、スターウォーズに例えると、ダークサイドに落ちてしまい、中毒者を生もうとする人たちと、世の中のために活用しようとする人たちにわかれていくそう・・・。
そのダークサイドの一例が、Facebookの心理操作性、心理誘導効果の立証実験です。これは、Facebookが独自に行った実験で、利用者には知らせないまま行われました。利用者をAとBのグループに分け、それぞれニュースフィードにあげる情報の内容を変え、その結果利用者の心理的な動きにどのような変化が起こるかを検証しました。Aのグループには常にポジティブなニュースを見せ、Bのグループにはネガティブな情報を見せます。そうすると、Aの利用者の投稿内容がよりポジティブに、Bはよりネガティブになるという結果が得られました。これを受けて、Facebookで発信される情報が、いかに利用者に深い影響を与えているかという論文がまとめられました。しかし、この倫理性にかけるやり方は多くの批判を呼び起こすことになります。ただ、広告主は逆にFacebookの広告効果に強い信頼を寄せるようになったそうです。ところが、近年Facebookの内部から批判が出るようになっています。最初に投資をしたショーン・パーカーもFacebookの危険性などについて批判的なコメントを出しています。
現在も続いているこの流れの中、FacebookのCEOザッカーバーグは2018年1月、Facebookのアルゴリズムを変更することを公表しました。
当時の投稿:https://www.facebook.com/zuck/posts/10104413015393571)
現在のFacebookでは、近しいつながりの人の最新投稿などがタイムラインに表示されるようになっています。これは広告収入の減少につながる変更ですが、利用者の心理状態を優先するようになっています。
「time well spent」や「well-being」という言葉をザッカーバーグが用いてコメントしたように、SNS関連企業がユーザーの「well-being」に気を配るようになってきています。Appleでも次回以降iOSの更新によって、スマホ中毒者を減らすために、継続使用時間を通知する機能などを追加するそうです。これまで供給するだけだった企業側が、社会的な責任として、利用者の「well-being」をケアする、していくべきだという流れが生まれています。
「well-being」に対して様々な調査も行われ、問題点も明らかになってきました。例えば、望まない不適切な情報にさらされたり、無意識的により強い刺激を求めるようになったり、情報に対して自分の自律性を保つのが難しいという点があります。また、自分が好む情報の中だけに閉じこもることを情報技術が助けていて(具体的にはTwitterなど)、自分が興味のある情報以外の情報とつながりにくくなることにより、社会的分断が引き起こされています。
アメリカのNPO団体「center for human technology」(http://humanetech.com)は、現代社会の問題を大きく4つにわけ、情報技術が対抗策をうっていかなければいけないと提言しています(参考動画:https://youtu.be/C74amJRp730)。

●日本型「well-being」
ここまで話されてきた「well-being」は、欧米諸国での話です。アメリカやヨーロッパで取り組みが活発化してきたこの考え方を、そのまま日本に持ち込んで、果たして活用できるのか?そこで、日本型の「well-being」を向上させる情報技術「positive computing」を研究開発するチームが組織され、ドミニクさんもメンバーの一人として参加されています。大阪大学の先生がリーダーとなり、NTTや、平等院の住職、法律家、など多様な人でグループを形成しています。調査、研究、ワークショップの実施や論文の執筆など、さまざまな活動が行われています。
http://wellbeing-technology.jp
https://ristex.jst.go.jp/hite/community/project000081.html

●心臓ピクニックから喚起的な情報のありかた
「心臓ピクニック」は、自分の鼓動を手のひらで再現する装置です。聴診器を胸にあて、ボックスを持つと、鼓動が振動として手に伝わってきます。この装置を通して、自分の鼓動や、他人の鼓動を感じることができます。実際に触った人からは、赤ちゃんを触ったことを思い出す、機械のスイッチを切るのが切ない、など様々なコメントが出てきました。
これまでの情報技術は、取捨選択された情報を一方的に与えるというでした。この「心臓ピクニック」では、"心音を振動にかえる"という方法で、心音情報を伝えています。そして、その情報を受け取った人がそこから様々なことを思い、考え、思索することを促す役割を担っています。このように、受け取る人が自律的に情報に対して何かの意味を投影したり、自分で考えたりすることを促すような、喚起的な情報技術のあり方を、ドミニクさんたち研究チームで模索している最中です。
何かを喚起させるという考え方は、日本的でもあると言います。例えば、庭園について考えてみます。日本を代表する石庭は見立てが取り入れられていて、色や装飾性はほとんどありません。ドミニクさんが訪れたことのある台湾にあったお寺の庭園はびっくりするほど派手に自然を表現していたそうです。日本の庭園などにみられる「見立て」は、想像的に意味を頭の中につくりだす、自律性を促していると言えます。
日本型の「well-being」を考える際に言語にも着目されています。水谷信子さんという研究者が提唱する「共話」について紹介されました。日本語は主体を共有しながら対話するというもので、主語が抜け落ちたまま、主体性が溶け合って会話が進んでいくというものです。
A「今日の天気・・・」B「ああ、いいよね」
何を言っているかわかりますよね。Aが文を完成しないまま、Bがそれを受けて完成させています。主体性が溶け合っているわけですが、英語やフランス語などでは文法的に主語が抜けた状態で会話をすることができないそうです。
さらに「時間概念」についても。日本は近代西洋と異なると考えられているそうです。例えば、鼓(太鼓)を新調すると多額の費用がかかるうえ、新品の状態から音がきちんと出るようになるまで40年以上かかってしまうといいます。そんなに時間がかかるのになぜ新しい鼓を買うのか、それは自分のためではなく、弟子のため。発酵食文化であるぬか床のように、個体の生命寿命や活動期間よりも長く続く活動に投資することは、日本の伝統的な文化と言えそうです。
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そして、おーっ!と会場の皆さんが驚いたのが、京都のお寺にある菌の霊をまつる慰霊碑。化学薬品工場の社長さんが建立されたそうですが、こうした仏教由来の考え方、葬い、慰霊の考え方というのは、みたて的でもあり、日本的な「well-being」を考える上でも大事な点となりそうです。
死について語ることはあまり普通ではない現在ですが、「心臓ピクニック」を改良して、弔い方の道具として使えないか、ということでプロトタイプが作成され、2018年の2月「Grayscale展」で、《心臓祭器》として発表されました(http://grayscale.cc/exhibitiongrayscale-gallery.html#QQ=112595&slide=9)。お仏壇の前で使用することを想定しているもので、生前に録音しておいた心音と、遺された人の心音を同時に再生することで、「あちら」と「こちら」が繋がる、というコンセプト。そして、この作品がきっかけで宗教学の学会に呼ばれて、宗教者との対話もはじまってるそう。
そこで触れられたのが、高野山のお坊さんがヨーロッパでお話された時の話。ロボットが読経するような時代になってきたことについてのトークだったそうですが、ヨーロッパの人は「絶対なし!」と言っていたのに対し「ありかも」と言う日本人、この差がちょっとおもしろいですね。
このお坊さんに「最近のあなたのwell-beingはなんですか」と問いかけたところ、「自分の父の最期を看取ったこと」という答えが。看取りというのは一見ネガティブなこととして思われがちですが、近しい人との死別という避けられないことに対して、いい向き合い方ができ、その意味で「well-being」(心が充足した出来事)だったそうです。西洋の「well-being」の考え方では避けるべきこと(死、痛み、悲しみ)ですが、日本(アジア)では、ネガティブなことに対して向き合って受け入れて前へ進むという捉え方があります。悪いものや嫌なものを排除して、いいところだけを伸ばすわけではなく、避けられないネガティブな出来事とも向き合っていけるテクノロジーを見出すために、ドミニクさんたちは今まさに研究を続けています。

●これからのテクノロジー
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情報技術に対して「悪」というイメージが少なからず存在していますが、それを完全に排除することは不可能です。「テクノロジー=悪」ではなく、テクノロジーがある現状を受け入れて、どのように環境を整えていくのか。
ドミニクさんからのお話が一息ついたところで、会田さんから、「one world」と「個別世界」についての興味深い話が出ました。16世紀よりも前(新聞などが誕生する以前)、世界は1つではなく、小さい村(世界)がたくさんあってそれぞれ違った世界が存在していました。それがメディアの発達によって1つにつながったところ(one world)が、インターネットの誕生によって逆行して個別化が進んだと言えます。
これに対してドミニクさんから、20世紀と21世紀のメディアのあり方が違うという話が出ます。20世紀までは、人が介在し情報を取捨選択して世に出していました。それが21世紀になるとアルゴリズムによって機械が情報を取捨選択しています。つまり、人が不在になった大きな変化がそこにあります。このことについて、ドミニクさんは「歴史的な通過点」だと考えていて、新たな共通言語をつくる段階に来ていて、悲観するよりはむしろ楽観的に今後の展開を見つめているそうです。

情報技術やテクノロジーに対しては様々なイメージを持って、皆さんお話を聞かれていたと思いますが、レクチャーが終わって、どんなイメージに変わったでしょうか。これから先の時代、どのようにテクノロジーが進化、変化して行くのかが非常に楽しみです。


*レクチャー内で紹介された書籍
・『ウェルビーイングの設計論-人がよりよく生きるための情報技術』
(ビー・エヌ・エヌ新社、ラファエル A. カルヴォ、ドリアン・ピーターズ、監訳:渡邊淳司、ドミニク・チェン、2017年)
・『HOOKED』(Nir Eyal 、2014年)
・『ポジティブ心理学の挑戦』(Seligman、2011年)
・『一緒にいてもスマホ』(シェリー・タークル、2017年)



〈第2部:ワークショップ〉
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今回はこれまでと少し趣を変えて、ディスカッションではなく、第1部でドミニクさんはじめ「well-being」の研究チームが行なっているリサーチを、参加者のみなさんと実施しました。
・「あなたにとってwell-beingに必要な要素を3つと、その理由を教えてください」
・「それらをまとめて一言で表してください」
という質問が書かれた紙に、それぞれ書きこんでいきます。たとえば、「美味しいものを食べる=食べるのが好きだから」「行ったことがない場所に行く=ワクワク感がある」「よく寝る=人生の半分は寝ているから」という3要素があって、まとめると「マイペース=自分のペースで進む」。人によって千差万別で、正解も不正解もないのですが、これが思ったよりも難しい。さっとかけた方ももちろんいらっしゃいましたが、多くは首をひねり、うーんと声を出し、とんとんとんと鉛筆で紙をたたく。
紙への書き込みができたところで、3〜4名ずつのグループをその場で作り、グループ内で紙を回し読みします。少し気恥ずかしさもありながら、どうしてその要素を選んだのか、その理由はなんなのか、聞いているうちに自分の「well-being」について、あるいは他の人の考え方について、たくさんの発見があったようです。
おおいに話が盛り上がってきたところで、グループごとにその内容を発表しました。「美術展にいく」「アートに触れる」「好きなことをする」といったものから、「いろんな人と出会う」という人もいれば、「ごく限られた人とだけ会う」という正反対な人もいたり、「well-beingを考えてみて、今自分がそんな状態にないことがわかった」という方がいたことも興味深かったですし、誰もがうなずく要素ばかりでもなく、「そういうことも、well-beingになるんだ!」というマイナーなものまで様々な要素が出てきました。
今回のワークショップの内容はリサーチに生かされるということで、どのような日本型「well-being」が誕生するか、今後のドミニクさんの活動に注目です。

(文:松村淳子)