【観劇レポート】奇才ドゥクフレの集大成。たやすい言葉を蹴散らし、世界のすべてを内包する――

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久々に心の奥底がザワザワして、興奮こみあげる舞台を観た。帰り道も、幸せな気分で満たされているのに、同時に泣いてしまいそうな気持ちが抑えられず、整理のつかない自分を随分長いあいだ持て余した。フィリップ・ドゥクフレが自身の率いるカンパニーDCAのメンバーと繰り広げた『CONTACT』には、それほど言い表しがたい世界が広がっていた。

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振付・演出の奇才ドゥクフレが「ミュージカル」とうたう作品だが、一般にイメージされるミュージカルとは、ちと違うか。ブライアン・デ・パルマ監督の異色ロック・ミュージカル映画『ファントム・オブ・パラダイス』に影響を受けているので、当然と言えば当然? この映画同様、ドイツ最大の古典作品として名高いゲーテの戯曲『ファウスト』を題材にしていて、ファウスト博士や悪魔メフィストフェレスとおぼしきキャラクターも登場するけれど、哲学的・観念的な空気を自ら一蹴してしまう奇妙なノリがあって痛快だ。

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そのひとつの表れが「クロコベッツ」ではないか。クロコベッツは、この舞台の作曲から演奏、歌唱までを一手に担ったミュージシャンのノスフェルが“発明”した言語。フランス語でも英語でもラテン語でも、もちろん日本語でもない独自の言語が飛び出すステージは、挑発的ともとれるけれど、誰にもわからないからこそ公平・中立的とも言える!? 舞台には、日本の観客がほとんどわからないフランス語や、もっとわからんクロコベッツ、時おり日本語も飛び交ったりして、言葉による単純な表現をどこか嘲笑う。〈善と悪〉〈夢とうつつ〉〈欲望と理性〉。たとえ言葉が存在しても、この世界は二極で割り切れない。

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一方、言葉・台詞をはるかに越えて雄弁だったのが、ミュージシャンを含むパフォーマーたちの身体だ。どうしたら、あんな人間離れした浮遊感が出せるのだろう! 情緒などウェットな要素が一切なく、まるで見えない糸の先にある優れた人形のようでありながら、すべてのメンバーから個性がほとばしる不思議。あの身体性があるからこそ、ドゥクフレお得意の映像による幻惑も効果を増幅する。特に本作ではライブ映像まで駆使していたので、目の前に立つ生身との対比は一種、見モノとなっていた。

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パフォーマーとその身体の魅力には、事前にドゥクフレがコメントしていたとおり、本作が『コンタクトホーフ』へのオマージュであることも大きく関わっているだろう。世紀の舞踊家ピナ・バウシュの代表作『コンタクトホーフ』には、性別・年齢・人種・容姿など様々な点において多彩なダンサーが登場するため、ドゥクフレも出演者の人選では多様さを意識したという。それは確かに功を奏していたし、何よりアンサンブルを観た時の驚き! 『コンタクトホーフ』さながら至極シンプルな動きの連続には、今は亡きピナへの敬愛の念を感じずにいられなかったが、それでいてドゥクフレとDCAだけのユニークさがあったことも間違いない。結果、偉大なアーティスト同士の魂の交流を見る想いがした。

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ダンスに音楽、サーカスばりのアクロバット、奇抜な衣装、抽象的な舞台美術、大胆な映像演出……。ドゥクフレが取り組んできた表現すべてを詰め込んだライブ・パフォーマンス『CONTACT』は、ぎゅうぎゅうに濃密で、空っぽのように軽い。この世界が相反する二極のあわいにあるならば、『CONTACT』は世界を丸ごと内包していたのではないかと思う。

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TEXT:小島祐未子 PHOTO:南部辰雄

 

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