【オペラ『魔笛』観劇レポート】美しくて、ユーモラスで、軽やかで、温かな モーツァルト×勅使川原三郎のコラボレーション

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あいちトリエンナーレ2016のラインアップで最大規模の企画、あいちトリエンナーレ2016プロデュースオペラ『魔笛』が愛知県芸術劇場大ホールで上演された。私は9月17日の初日を鑑賞。何度も取材した作品がどんな風に立ち上がってくるのか、ドキドキしているうちに幕が上がると、思いがけない感触を得ることに……。

モーツァルト晩年の作品を、コンテンポラリーダンスの鬼才・勅使川原三郎が演出するということで、“動くオペラ”=身体的なオペラを目指したステージ。それは冒頭のダンスから存分に示されるが、素早く大きな弧を描く動きは暗に『魔笛』のテーマもほのめかす。やがて素舞台だったところに大小さまざまなリングが出現。上下・左右・前後と自在に動くリングの舞台美術がダンスとあいまって“円環”のイメージがはっきり浮かび上がってくる。この美術を手掛けているのも勅使川原だ。

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しかも勅使川原は照明・衣裳まで担当しているのだが、その仕事ひとつひとつがユニークでスタイリッシュ。美術のリングが照明の加減で輝いて見えたり、何もないフラットな舞台の床に階段や格子のような影を作ったりと、マジック・フルート(魔笛)にマジック・ライトで応戦!? また、古典ながら時代も場所も不明という設定から、衣裳はモダンを通り越して未来的。王子タミーノの真っ赤なコスチュームと王女パミーナの青いヘアバンドは鮮やかな対照をなし、SF漫画のヒーロー&ヒロインのようにさえ見えてくる。さらにザラストロたちの動きが制限される衣裳は、便利さのあおりで退化していくであろう人間の身体を連想させ、ユーモラスなのだがちょっと怖い。そして今回1、2を争う人気を誇った童子3人はツルンと真ん丸! カワイイくせに意味深なことを言うから、また気になる。

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もちろん、勅使川原が当初からずっと言っていたとおり、主役は音楽、歌であったことに間違いはない。特にパミーナの森谷真理の歌声には痺れた。夜の女王で定評のあった森谷が満を持して挑んだパミーナ役だ、当然だろう。その夜の女王を演じた高橋 惟は、誰もが一度ぐらいは聞いたことがある「地獄の復讐が」で圧巻のコロラトゥーラを披露。あらためて、このアリアに込められた激しさにもおののく。そして、観客いちばん人気だったのは鳥刺しパパゲーノの宮本益光に決まり! 歌がイイのは言うまでもないが、身体性の豊かさが想像以上で目を奪われた。

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身体性という点では、勅使川原の片腕とも言うべき存在、ダンサー・佐東利穂子のことも語らないワケにはいかない。東京バレエ団から迎えた16人のダンサーも無論うまいのだが、佐東の動き、そのスピード感と浮遊するような軽やかさには本当に見惚れてしまう。また、彼女は登場人物の会話が要約されたナレーションも担当。おりおりに登場しては狂言回し的に状況を語るのだが、その声がなんとも不思議な響きで引き込まれた。俳優ではないので台詞はたどたどしくもあるのだが、クールビューティの印象と違って声がどこかあどけなく、『魔笛』の寓意性を際立たせていた。勅使川原作品で佐東を知る人の多くも声は初体験だったと思うので、かなり貴重な現場を目撃できたことになる。

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なお、通常は会話の部分も歌手が演じ、ナレーションを使うのはそれほど一般的ではないが、今回の指揮ガエタノ・デスピノーサは偶然にも同様の『魔笛』を振ったことがあり、勅使川原演出の理解が早かったことも幸いした。まだ30代のデスピノーサは、80年代から活躍する先輩アーティスト・勅使川原の意図を汲み、音楽的に作品をまとめあげた。

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第2幕から現れた巨大リングが、終幕に再び現れる。試練を乗り越えたタミーノとパミーナが、その輪をひょいっと飛び越え、物語は終わった。あっけないほどの幕切れ。これがジワジワと余韻につながる。「親とそっくりの子どもをたくさんこしらえよう」と言うパパゲーノとパパゲーナたちは向こうに残され、タミーノとパミーナだけが大きなリングを越えていった。ふたりは、生も死も、善いことも悪いことも、美しいことも醜いことも……さまざまなことを繰り返す人類の円環から飛び出し、光のごとく果てしなく飛んで行って、遠い遠い未来で新たな創造を始めるのかもしれない。

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勅使川原作品には繊細で緻密でクールな印象が強かったけれど、『魔笛』には身体性からくるものだけではない軽やかさや、大らかさ、何より温かみを強く感じた。まさに“モーツァルト×勅使川原三郎”のコラボレーション。大きくて深くて豊かなものを受け取った。

TEXT:小島祐未子 PHOTO:小熊 栄

 

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