大巻伸嗣 インタビュー【その①】メイン作品「Echoes-Infinity」について

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国際展の参加アーティストとして、芸文センター、栄会場、豊橋PLATの3会場で、ヒトの五感を揺さぶるダイナミックな新作を発表する大巻伸嗣。それぞれ、「光」「闇」「光と闇の交わるところ」をテーマに制作した作品に対する思いや、創作の源について語っていただいたインタビュー及び制作過程レポートなどを、3回に渡ってお届けします。

――まずは愛知県美術館で展示されるメイン作品のコンセプトから教えてください。
僕が2002年から展開している《Echoes-Infinity》という作品のシリーズで、伝統柄とか文様を床に描いていって、その描いたものを最後に皆さんと踏んでいく…わかりやすく言うと砂絵曼陀羅のような作品ですね。ハッピーなイメージの強い作品なので、東日本大震災以降、気持ち的になかなか向かえる状態じゃなくてやってこなかった作品です。それを久しぶりに、もう一回未来へ向かっていくために再生していく気持ちで描いていきます。
実家が岐阜の問屋街で服屋をしていたこともあって、服にまつわる着物の柄を使って一つずつ描いていくんですけど、自分の歴史というものは見えないじゃないですか。それをビジュアル化して再生した後に、踏んでいくことで意識を蘇らせていきたいと。最初は《Echo》という作品で、その“意識”を元に自分は未来に対してどういう思いで向かうのか、というような気持ちで空間を作ったんですね。

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《Echoes-Infinity》 「MOMENT AND ETERNITY」Third Floor-Hermès
Singapore 2012 Created with the support of the Fondation d’entreprise
Hermès for Third-Floor Hermès Gallery -Singapore 2012.

――ご自身と対話しているような感覚で制作されたんですね。
そうです。自分のために作った庭であり、自分自身がこれから生きていくためのもの。僕は跡取りだったんで、大学の一年生の時に父親と話して服屋を継ぐことをやめると。でも、気持ち的にはやめられない。僕が途絶えさせてしまうものをどうやって引き継ぐことができるだろう、と考えた時、もう一回それを再生したいなと。まずそこから始まったということです。個人的な問題が、世界中のどこでも共有できるような問題意識としてあるんじゃないかと仮定して。実際、2005年に《Echoes》という作品になった時に日本全国いろんな街を旅して展覧会やワークショップをやると、やっぱり僕の地元と同じようなシャッター街があって。戦後の高度経済成長が衰退していく中で見えてくる生命活動というものを、どうやって認識して再発見できるような場ができるか、アートとしてビジュアル化できないかなっていう思いで、その後《Echoes-Infinity》と複数形にして、作品のタイトルを少し変えて世界中で展開してきた作品なんですね。

――制作される過程で、ご自身の記憶や記録、経験などが反映されていくわけですね。“ハッピーなイメージの強い作品”と表現されましたが、それは良い想い出として反映されているということなんでしょうか。
いや、両方あるんですよ。僕の生まれた地域は再開発で全部無くなっちゃったんですね。その瞬間に僕自身の大事な記憶がロックされてしまった。人間が物質とどう関わっていくか、ということがすごく大事なんだなとそこで初めてわかって、その中で僕にとっての物質はもう無いけど、《Echoes-Infinity》という時間だけは存在していて、置いてきてしまった時間をもう一回そこで再生することができる。だから僕にとってはすごく痛ましいというか、辛い気持ちでもあるんですね。
だけど、そういった気持ちを生きる糧として共に生きていくことができるか、自分にとってどうしようもないこと、逃げられないものを自分の生命活動に於いて刻み、それをしっかり握りしめて前へ向かっていくということが、すごく必要だと思っているんです。なので良いことと悪いこと、その両方が存在していて、綺麗な空間が(足を踏み入れることで)どんどん滲んでいってあらゆる関係性を生み出して、記憶の密度を変容させていく。鮮明なただ綺麗な花ではなくて、おぼろげに浮かび上がってくる自己の奥底に眠る存在とリンクしていく。輪郭線がはっきりとした存在ではないからこそ、その中に何かしら想像というものが膨れていって、それぞれの人たちにとっての花、「生」に対してのイメージに結びつけばいいと思うんです。
悲しいと思うのは、僕の作品が砂場のように扱われてしまうことがあるんです。みんなが砂場で遊ぶ風景を作り出したいわけではなくて、そこを歩くという“時間そのもの”を考えてほしい。花の空間であるんだけど、ひとつの生命体として何かを作り上げている内側として存在している、という風にも言えると思うんです。自分では抑えきれないものが勝手に何かによって壊されていくっていう状況も作れるし、そうではなくて、もうちょっと停滞して考えていこうという人間の思考が働いている様にも見えると。ひとつの方向性で物事が動いてなくて、心というものは空間の中にすごく入り混じって形成されていくと思うので、そういうものがビジュアル化されていると思うんですよね。だから多重なレイヤーの中に、ひとつの存在として自分もそこに受け入れられていく。で、作品もあらゆる存在を受け入れて、空間を創り上げていくっていうことですね。

――《Echoes-Infinity》はとてもカラフルな作品ですが、大巻さんにとって色や配色というのはどういった意味を持っているんでしょうか。
作品によっていろいろと違うんですよ。場所によって変える時もあります。街やいろんなところを旅していく中で色を見つけ出して、その色を顔料で探し出して作ってもらったり。今回はできるだけ多くの色を入れたいと思って、2002年から2016年までの間に僕がいろいろな国を旅してきて見つけたり試してきた色をほぼ全色、昔からストックしていた全部を投入して、総重量1トンぐらいの日本画の顔料(岩絵具)を用意します。

――1トンとはすごいですね! では、今作は《Echoes-Infinity》の集大成みたいなものに?
集大成ですよね。今までストックしきた型紙とか、世界中で作ってきた新しい型紙もある程度限定して使ってたところもあったんですけど、今回は全部。で、さらに新しい型も作って、僕が《Echoes-Infinity》と一緒に世界を旅してきた時間も含めて空間に入れようという。アートっていうのは、個人的なものが公になっていくことによって違う何かと結びつけばいいと思うので。極めて個人的なものだとは思ってるんですけど(笑)。

――エリアやパーツで、ここはこの国、ということではなく全体で表現されるということですよね。
はい。どこに何があるかはわからないし、僕の心の中というか、文化とかそういうものは絶えず融合しながら新しいものを作り上げていくものなので。皆さんもそうだと思いますけど、自分自身があらゆるものと出会って関わっていく中で進化していく。だから古い型が全部フュージョンされていって、ひとつの全く違った文様を作り出していく、という風に考えていただいた方が良いと思います。

――色彩は、日本画の顔料にこだわられているんですか?
最初は食紅だったんですけど、染まっていくのが凄くて。美術館でやると外のところまで全部染まっちゃうし、空中に舞っちゃうので。日本画の顔料は、中国から来てアジア全体に拡がっていく中で使われて進化してきた物質だと思ってるんですけど、そういう歴史的なものを敢えて現代的なインスタレーションに使うということはすごく面白いと思うし、そういったものを踏むというか、もう一回新しい形に変えるのが面白いと思っています。原石はかなり高級な宝石なんですけど、それを使って極彩色のように描いていきます。色の対比や空間の造りは、すごくヴィヴィッドで目に痛いぐらい入ってくるような感じになると思いますよ。

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さて、ここからはこのインタビューの後、7月21日に実施された制作現場取材ツアーの様子もご紹介。《Echoes-Infinity》がどのように生み出されていくのか、アーティスト自らの言葉で制作過程や画材について語られる中、実際の制作風景を取材陣に披露してくれるスペシャルサービスも!

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愛知県美術館10Fの展示スペースは、作家自身も「これほどの空間で描くのは初めて」という450㎡の大空間。いわゆるステンシルアートの手法で描かれる《Echoes-Infinity》に使用する画材は、50cm四方の白いフェルト1800枚と、花や鳥など大小さまざまな文様の型が約70種類、そして約300種類にも及ぶという岩絵具で、インタビューでも語った過去のストックの中には、今ではもう作られていない色もあるのだとか。

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写真を見ていただくとわかる通り、白いフェルトに固定した型の上から粉状の岩絵具を振りかけ色を重ねていくのだが、型をフェルトから外すときに少しでも手元がぶれたり風がおきると色が混じって輪郭がぼやけてしまうため、細心の注意が必要なのだという。立ったり座ったりはもちろん中腰での作業も多く、「体力・筋力・集中力が必要です」と、大巻はさらりと言って笑うが、制作1ヶ月のこの時点で朝9時から深夜1時までの作業が連日続いているという壮絶な制作現場なのだ。

配色については、この空間で想起するイメージによってその場で決めていくそうで、反対色や補色を駆使することでモチーフの存在を際立たせ、空間全体を立ち上げていくという。開幕からしばらくは完成形の美しい光景が見られ、足を踏み入れる日(日程未定)以降は私たち鑑賞者もそれを体験することで、また違った感情をきっと抱くはず。会期の前半と後半でその違いを体感するのもこの作品の面白さといえる。

ベロ

さらに大巻は、栄会場と豊橋会場で展示する2つの大作を同時進行で制作しながら、なんとベロタクシー&ラッピングカーデザインも手がけている。
ベロタクシーは会期中に6台、愛知芸術文化センターと長者町間を無料運行するもの。また、ラッピングカー(プリウス2台)は、損保ジャパン日本興亜名古屋ビルや、モバイル・トリエンナーレ会場で展示されるほか、PR用に運行されるという。いずれも大巻が作品モチーフとしている花柄が全体にあしらわれた華やかなデザインで、7月26日に愛知県庁本庁舎正面玄関前にてお披露目&出発式が行われた。

ベロタクシー出発式の記事はコチラ

作品鑑賞や体験、そして移動でも《Echoes-Infinity》の作品世界をたっぷり楽しもう!

【その②】創作の原点と栄会場 展示作品《Liminal Air》について、に続きます。近日公開予定。

INTERVIEW:望月勝美  PHOTO:ヤオタケシ

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