昭和初期の魅力あふれる建築の案内と、朗読劇の公演
戦前の名古屋の勃興を担った陶磁器産業の繁栄を物語る登録有形文化財の近代建築。
外観のデザイン、貴重なタイルや床の仕上げなど見所いっぱい。
建物に愛着を持ち、空間に親しみと魅力を加えている使い手(店子)が案内します。
そして、レトロな雰囲気漂うホールでは、
あいちトリエンナーレ2013プロデュースオペラ演出家、田尾下哲氏の書き下ろしによる
本邦初公演の朗読劇「ベアトリーチェ・チェンチ」が観客を別世界へと誘います。
オープンアーキテクチャースペシャル企画
トリエンナーレ2013オペラ演出家、田尾下哲の書き下ろしによる朗読劇「ベアトリーチェ・チェンチ」を本邦初公演する他、名古屋陶磁器会館の建物解説も実施する。
朗読劇「ベアトリーチェ・チェンチ」(解説:田尾下哲)
フェルメールの世界的名画『真珠の首飾りの少女』のモデルとなったとも言われているグィド・レーニ作『ベアトリーチェ・チェンチの肖像』。暴力的な父親殺しの罪で断頭台へ向かう直前のベアトリーチェは、斬首に際して髪の毛で斧の刃が滑るのを防ぐためにターバンを巻いてその時を待ったという。しかし、力なく振り返った彼女の眼には、これから死を迎えることへの絶望感ではなく、ある種の「希望=光」が輝いて見える。まるで、心の中でこう語りかけているかのようにー。
この世は光で満ち溢れている。闇なくして光は輝かない。闇がないとき、光の底から闇が噴き出してくる。
名古屋陶磁器会館
Nagoya Pottery and Porcelain Hall
9.27.fri
建物解説17:00-17:50
朗読劇18:00-21:00
9.28.sat
建物解説14:00-14:50
朗読劇15:00-18:00
- 定 員=各50名
- ガイド=松井三希子(一般財団法人名古屋陶磁器会館)、川口亜稀子(Liv設計工房)、サカキバラケンスケ(スパイラル建築事務所)
- 設 計=鷹栖一英
- 施 工=志水建築業店
- 竣 工=1932年
- 住 所=名古屋市東区徳川1-10-3
※申込時に希望日を明記して下さい。
名古屋を走る大通りの一つ、国道19号線から脇へ入った所に、名古屋陶磁器会館は建っています。昭和7年に陶磁器貿易組合の事務所として建設されました。当時に比べると辺りは一変し、まるで時代の忘れ物のように佇む姿は、多くの歴史や出来事、人々の思いが集積されています。
今回のオープンアーキテクチャーでは建物解説に加え、『あいちトリエンナーレ2013』でオペラ『蝶々夫人』の演出を手がけた田尾下哲さんによる朗読劇の公演を2日間行う、スペシャル企画で構成されました。
建物解説は、名古屋陶磁器会館の成り立ちを始め、特徴的な外観や、現在の各階各室の使われ方、また内装の変化について、ガイドの方に語っていただきました。この建物が建つ場所は、かつて陶磁器の絵付けが盛んに行われていました。交通の便も良く、また広い敷地を安く手に入れられたことから、この界隈が陶磁器加工の拠点になったそうです。
名古屋陶磁器会館を彩る外観は、常滑産のスクラッチタイルが特徴的で、参加して下さった方々も、スクラッチタイルを見て感心する人や、質感を肌で感じる人など、それぞれ建物の魅力を楽しんでいる様子が見て取れました。
1階の陶磁器会館事務所が入る室は、普段、陶磁器の展示・販売や絵付けの体験が行われています。そこでは、会館を管理する学芸員の松井三希子さんが、陶磁器にまつわる様々な話をしてくださいました。現在、建築事務所として使われている1階隅の貴賓室も、店子さんのご好意で覗かせて頂くことができました。特に天井仕上げは、どのように施工したんだろうと思うほど美麗で、「この場所で仕事ができる事は誇りになる!」と、素直に羨ましく思いました。
2、3階部分は、主にデザイン系の事務所に貸与され、それぞれが建物を上手に活用しています。ガイドとして、3階で事務所を構えている『Liv工房』の川口亜稀子さんと、『スパイラル建築事務所』のサカキバラケンスケさんにお話をして頂きました。そこでは、戦前に製作され今は使われていないタイルや、特徴的な木の床材の張り方、3階増設部分の構造など、興味深い話を伺いました。3階事務所入口には、少し前に取り壊された『旧名古屋証券ビル』の扉が再利用されており、失われた近代建築の価値を再認識することもできます。参加者は、突然現れる白い扉を前に、この先は違う世界が広がっているんじゃないか、とさえ感じられたかもしれません。事実、3階の空間は、雰囲気が1、2階と一変するので、とても面白い感覚が体験できます。
建物解説終了後、2階のホールで朗読劇が行われました。オペラ演出家の田尾下哲さん直々に選定された会場で、雰囲気、場所の素晴らしさは、言葉では語り尽くせません。空間はヴォイド=虚空でありながら、圧倒されるモノがそこには確かにあり、窓、壁材、天井、照明その他すべてが優美です。
朗読劇『ベアトリーチェ・チェンチ』は、フェルメールの名画のモデルといわれている、同名の少女の肖像画についての物語です。絵画を見るとき、人はその中に1つの世界を想像する、と言われますが、そう考えると、田尾下さんが想像した絵画の世界が、この場に創られていたのかもしれません。
朗読劇が始まりました。
床がきしむ音、服がこすれる音、演者の吐息、匂い、光、音楽、すべてが繊細な色調で絡み合っていました。まさに、ベアトリーチェ・チェンチの肖像画の世界に入ったような、その時代に入り込んでしまったような感覚になりました。田尾下さんの朗読劇は、単に語り手がスポットライトを浴びて読みあげるものではなく、「動き」がありました。それは、単に言葉を連ねるだけでは伝わらない「何か」について、考えるきっかけを与えてくれたように感じました。
劇が終了した後、両日とも拍手が鳴り止みませんでした。参加者の中には涙を流す方もいたほどです。田尾下さんは、朗読劇後にフリートークで「ベアトリーチェ・チェンチの肖像に額をつけたかった。そのためにここで朗読劇をやることを決めました。」と語っています。劇中でベアトリーチェが絵と同じポーズで何分間か動かないシーンがあり、それを見た後に場所の選定理由を耳にして、鳥肌が立ちました。
私は、今回のオープンアーキテクチャーを通して、古い建築が残る意味、つまり今を客観的に見ることと、同時に、当時の世界に入り込み体験することは重要だと思いました。現在と過去を対比することで見えるもの、感じるものが確かにあります。それを今回の企画を通じて、肌で感じることができました。
(オープンアーキテクチャー推進チーム員 村瀬良太 学生ボランティア 松岡弘樹 )