「鼓動の作品 心臓の鼓動を聞きなさい。 1963年 秋」
「街の作品 街中の水たまりに、足を踏み入れなさい。 1963年 秋」
「影の作品 あなた達の影がひとつになるまで、重ね合わせなさい。 1963年」
このような、3種類の文章が印刷されたリーフレットが、2012年11月、愛知県内の小中高校の児童生徒に向けて配布された。合計90万部。これは、あいちトリエンナーレ2013開催に向けた普及教育活動の一環として作成したもので、詩のようなこうした文章は、今回の参加アーティストであるオノ・ヨーコさんによる「インストラクション・アート(指示する芸術)」という作品だ。
オノ・ヨーコさんは、1950年代からニューヨークを拠点に前衛芸術家として活動し、さまざまなメディアを駆使して、人々の想像力に働きかけ、観客が実際に作品の成立に参加するような作品を発表してきた。同時に、ベトナム反戦をはじめ平和活動にも積極的に関わり続け、アーティスト、平和活動家として国際的に高い評価を受けている。
まだまだ、現代美術に生で触れる機会が少ない世代だからこそ、こうしたアーティストの本物の作品に触れてもらうようにする、そして子どもたちのみを対象と考えるのではなく、全ての人を対象としたい、という強い思いがあった。
そこで、まずはオノ・ヨーコさんの代表作、言葉による作品集『グレープフルーツ』(1964年)を選んだ。その中から、あいちトリエンナーレ2013のテーマ「揺れる大地―われわれはどこに立っているのか:場所、記憶、そして復活」に結びつく作品を選ぶことに。いくつかの作品候補の中から、普及教育チームの意見、そしてオノさんの顧問キュレーターであるジョン・ヘンドリックスさんの協力も得て、最終的に冒頭の『BEAT PIECE(鼓動の作品)』、『CITY PIECE(街の作品)』、 そして『SHADOW PIECE(影の作品)』の3作品を選んだ。
ただし、オリジナルの文章は英語。日本人にとっては、英語の原文から意味を読み取る、つまりは参加する行為が必要不可欠となる。「楽譜を訳してください」と言われているかのような難解な課題。訳者の解釈が加わったり、余計な装飾や描写をしないように心がけて、オリジナル作品が持つ特徴がそのまま生きるように仕上げなくてはならない。シンプルな言葉だからこそ広がる想像力。どのような日本語で置き換えれば、英語のオリジナルのエッセンスを失わないだろうか。時間がかかる作業だった。実際には、アメリカ在住で、オノさんの「インストラクション・アート」の翻訳にも関わった経験のある方と、何度もやり取りをしながら、最終的なスコア「指示する芸術」へとたどり着いた。
リーフレットのデザインは日本語で縦に書かれた作品のみ。裏面には、オノさんによる作品への参加・体験の仕方を簡単なステップ形式で記してある。
15年ほど前に、アメリカのある大学院の選択科目で受講した「1945年以降のフェミニズム」の授業をきっかけに、私は、活動家であり、アーティストでもあるオノ・ヨーコさんを知ることになった。「彼女はアジア人の女性で、あなたが共感する作家のはず」という教授の言葉をきっかけに、《カット・ピース》というパフォーマンス・ビデオを見て、彼女の作品概念とそこに込められたメッセージに魅了された。
その後、回顧展『YES オノ・ヨーコ展』がMIT List Visual Arts Centerで開催されることを知り、そこに始めは展覧会インターンとして関わり、そのまま、地域社会との関連プログラム開発やアウトリーチ戦略づくりをするエデュケーション・アウトリーチコーディネーターという職につくことになった。2001年、アメリカ同時多発テロ9.11事件の年だった。
菊池宏子(あいちトリエンナーレ2013 コミュニティ・デザイナー)
教育普及リーフレット
http://aichitriennale.jp/education/edu_02.htmlオノ・ヨーコ ONO Yoko
http://aichitriennale.jp/artist/ono_yoko.html